NOVEL1

□春日山紅蓮帖
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今、一つの戦が終焉を迎えようとしていた。
城の自室から外を見つめている謙信の涼やかな目に映るのは、今にも破られそうな門の姿と、この城を蹂躙するには十分すぎるであろう相手方の軍勢。

(いますこし、たえてください)

謙信は祈るように門を見つめていた。
己は既にこの城と運命を共にするつもりだ。しかし、部下達にまで運命を共にさせる気は謙信にはなかった。
逃げたい者には逃げるように告げている。その者達が逃げきれるだけの時間を、門には稼いでもらいたいのだ。
無論、謙信と共に散る覚悟を決めて城に残っている者もいる。謙信はそれを諌めたりはしない。彼等の選んだ道を覆すことの難しさを謙信は良く知っているからだ。

(つるぎ…)

謙信は今は側に無い忍のことを思い出す。
金色の髪の美しき忍は、もう城から脱出できているであろうか。

『かすがの命は謙信様に捧げました。なのに、何故!?』

かすがとの別れを思い出して謙信は目を伏せる。
謙信に心酔している彼女が自ら謙信を見捨てて逃げるはずはなかった。それでも謙信は彼女に生きていて欲しかったのだ。
だから配下の兵達に力尽くで連れていかせた。

(ねがわくば、つるぎにひかりあるせいを…)

忍としての生ではなく、1人の女としての生を。
それを見ることが出来ないことが残念といえば残念だが、これが己の宿命なのだと謙信は凛とした視線を門へと戻す。
門が開き、敵が城へ雪崩れ込んでくるのも、もはや時間の問題だった。

「謙信様!!」

此処にいるはずのない忍の声。
振り向いた謙信は息を飲む。

「つるぎ…それは…」
「私如きが謙信様のお召し物を身に纏う無礼、お許しください」

平服するかすがが着ているのは忍装束ではなく、謙信の着物。
その装束にも驚いたが、今はそんなことよりも彼女が此処にいるということが謙信を驚かせていた。

「…なぜ、おまえがここにいるのですか」
「申し上げたはずです」

かすがは頭を上げて微笑む。

「かすがの命は謙信様のものだと」

盲信的な愛。
愚かな筈なのに…愛おしい。

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