小説

□祭り囃し【前】
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夏祭りの季節である。

照りつける様な太陽がゆっくりとその光を弱めながら西の彼方に沈んでいき、夕方の空気がひんやりと頬に馴染んできたら絶好の祭り日和だ。


子供達のはしゃぐ声や祭り特有の匂いなどは何とも心をくすぐる何かがある。
そんな雰囲気にテンションが上がっているのは例の京一、龍麻、瑞希の3人で、その後ろからは醍醐と如月と壬生がそんな3人を和やかな顔つきで見守っている。


「瑞希の着付けをしたのは如月か?」


何時も通りの制服ではなく臙脂色(えんじいろ)の浴衣に着替えている壬生は、同じく鶯色(うぐいすいろ)の浴衣を身に纏っている如月に向かってそう問いかけた。
如月は扇子で己を扇ぎながら、静かに微笑む。


「ああ、あの浴衣はウチの店のお古だがな」


切れ長の目が、鮮やかな藍色で染められ桔梗の花があしらわれている浴衣を着ている瑞希の後ろ姿を捉える。


「でも瑞希の髪の毛を結い上げたのは君だろう?」

「まあね、腕によりをかけたよ」


そして2人がお互いに顔を見合わせて悪戯を企むような子供の様な笑みを浮かべると、今まで黙っていた醍醐に向かって視線を向けた。


「なぁ、醍醐
すべては君の為だって分かってるよな?」

「っ、あぁ」


壬生は醍醐に顔を近づけて優しげにそう言うが、その雰囲気には何やらどす黒い何かが混じってる気がする。


「こら壬生、脅しては駄目だろう?」


「つい思わず、な」


フン、と目線を逸らして先を歩き出した壬生に苦笑いを浮かべた醍醐は軽く頭を掻きながら如月に声をかけた。


「手を煩わせてしまって悪かったな」

「いいや、友人の恋路を応援するのは当然の義務だろう?」

「そうか・・、有り難いことだ、俺はとんだ果報者だな」

「はは、確かにそうかもしれないね、まあ今日だけは失敗するんじゃないぞ?
瑞希は寂しがり屋だからな」



まるで全てを見透かしているような瞳に醍醐は一度身震いをして、そうだなと一言返事を返す。


「醍醐!大変だ大変!」


と、人混みでよく姿は分からないが、前方から焦ったような龍麻の声が醍醐の名を呼んだ。


「瑞希、見失った!はぐれた!」

「な・・っ」


瞬間、瑞希の姿を探して条件反射のように駆け出しだ醍醐の後ろ姿に龍麻がやれやれと溜め息をついて如月の袖を引きながらニヤリと笑みを浮かべた。
その満足げな顔はとても胡散臭い


「やはりわざとか」

「まぁな、瑞希を醍醐にやるのはまだ惜しいが

人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、っていうしな」

「それは・・使い方が違わないか?」

「あ?あぁ、そんな気がしないでもない」


視界から醍醐の走り去る姿が人混みに呑まれて消えるのを見届けると、2人は踵を返して歩き出した。


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