小説
□ 陰の龍
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ごうごうと嵐の様な土砂降りの五月雨の音が心地の良いな、なんて今にも崩れそうな山小屋の中でぼんやりとそう思った。
山越の最中でこの雨に遭遇してしまった時はなんて不幸なんだと溜め息をついたが
こういうのが風流というものじゃないだろうか、と内心満足した気持ちに満たされていた。
「なぁ、そこのお坊さん
・・寝てるの?」
今この小屋に居るのは床の一番端っこで背中を向けて寝ている大柄なお坊さんと俺だけ。
こんな山奥で偶然に出逢った奇跡を少し分かち合いたいな、と声を掛けてみたが反応はない。
疲れて眠っているのだろうか
確かにこの山は傾斜が激しく、泥に足をとられながら登ってくるのは相当に体力をとられてしまう。
いくら巡礼で足腰を鍛えているお坊さんでも仕方無いのかもしれない。
「それにしても龍斗は何処に行ったんだ」
いくら声を掛けても身動き一つとらない彼と交流をはかるのは諦め、
つい数日前まで共に旅をしていた仲間の事を考えることにした。
湿気て火がつかない煙管をなんとなく口にくわえながら、あの惚けた脳天気な顔を思い出す。
莫迦だ莫迦だとは思っていたけれど、まさかほんの少し目を離した隙に消えてしまうとは思わなかった。
まあきっと何処かでまた再会できるだろう。
嗚呼
それにしても此処は不思議な所だ。
彼方此方に理不尽な力の塊を感じる。
「なぁ、お坊さん
本当は寝てないんだろ?」
当然ながら返事はない。予想をしていたことに少し苦笑をもらす。
「きっと危ないから
気をつけな、ね」
この呟きは外の轟音に紛れて消えてしまったみたいだけれど、彼も承知しているだろう。
ぎぃ、と出入り口が開く音が聞こえた。
視線を移せばそこには妖艶な雰囲気を纏った気丈そうな美女。
彼女もまた
雨に降られた不幸な旅人の1人の様だった。