小説

□黄の龍[陰]
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「瑞希、お前・・・それだけは止めておけよ」


だいぶ前に龍麻が苦々しげに呟いた言葉が何度も何度も頭の中を反復した。

無論それは重々承知している。
けれど僕がやらなければ何も変わらない。

いや、下手をすればさらに悪くなってしまう可能性だってあるのだ。
(失敗すればそれなりのリスクはあるのだけれど)




「柳生」



僕は独りその名前を口に出した。
きっとこの闇にまぎれて奴は聞いているはずだ。

「来て、」

なんとか絞り出した声は想像以上に弱弱しくて、

何か自分という存在がとても情けなく思えてしまった。

気合いを入れ直すために息を吸い込み、前を見据えた時、禍々しい奴の気配が僕の琴線に触れた。
僕の呼びかけに応えるように、鮮やかな夜の黒に燃えるような赤い色が混じり、
曖昧だった奴の体の輪郭線との境界が段々と形を取り戻してゆく。



「奏也瑞希」


聞き覚えのある重低音の声。
それが何だか無性に恐ろしい気がして、しっかりと地面に対峙していた脚が震えた。


「陰の龍の器」


それは── 、知っている
そう思ったけれど口には出さず
相手がまた言葉を発するのを待った。


「お前はいずれにせよ此方へ来るべき定め
陰の龍よ、いい加減に理解したらどうだ」


「・・・っ」


音もなく近寄ってきた奴の右手が荒々しく僕の腰に絡みついた。
振り解こうと試みはしたけれどいかんせん体格に差がありすぎるてそれは無駄なようだった。

それどころか抵抗すればする程に手に籠められる力は強くなっていく。
ギシギシと肋骨が軋む様な音さえ聞こえる。

顔を奴に向ければその端正な顔が至近距離にあり
その吐息が何だか随分艶めかしく、蠱惑的に感じてしまった。


「さあ、器よ」


頭の芯まで痺れてしまいそうなその声音。
甘い声に思わず目を閉じてしまいそう。


「役目を果たすのだ」


奴は左手を僕の胸にそっとあてがうと、見えない何かを思い切り押し込むような動作をした。


その途端、まるで溶岩の様に熱い何かが僕の身体の内側に侵入してきたような違和感を感じた。


最初は心臓の辺りが熱くて、血液が全身に送り出されるのと一緒にその違和感は一瞬にして体中に広がり



「あ゛ぁああぁあぁっあぁ!!!!」



その途端
言い表しようのない激痛が走った。
奴の、柳生の腕から転げ落ちて何度も何度ものたうちまわり、
まるで引き千切られてしまいそうな痛みに堪えようと
自分の肌に爪を喰い込ませた。


「陰の龍」


気絶が出来ないほどの痛みで既に頭の中は崩壊寸前だ。
情けないことに涙で顔がグチャグチャな僕を再び抱き寄せ、
奴は耳元で呟く、


「お前ならそれを飼いならせるはずだ」


「はぁっ・・は・・・っ、はっ・・」



痛みに喘ぎ、身を捩じらせる僕を柳生は力いっぱい抑え込み、組み伏せた。
それはとても乱暴だったけれど、今までの事に比べたら然程気になる事柄でもない。


「・・・どうやら、慣れてきた様だな」


その言葉に、何やら先ほどまでの痛みが少しずつ薄れていることに気がついた。
(まだ体中は熱いし、異物が残っているような感覚はあるけれど)





「陰の龍よ、さあ、我が力になるがいい」



優越に歪んだその瞳。
僕の頬を伝うその細い指がとても妖艶で、
嗚呼思わず肯きそうになってしまう。




「・・・・駄目だよ」

「何・・・?」



「僕は陰の龍なんかじゃない、僕は瑞希だ」






「君が昔出会った瑞希でもなく、今の瑞希
それが分からないうちは、失格だよ」





「そいうこった、このクソ野郎」


刹那
駆け抜けた疾風
否、龍麻の拳。
大柄な筈の奴の身体は呆気なく吹っ飛んだ。


「手前・・、俺の片割れに何をしやがった」

ふら、と立ち上がった奴に
龍麻はその拳を再び惜しげもなく振り下ろした。
口調は冷静そのもののくせに、いつも以上に乱暴だ。

「ほお、陽の龍か・・」
「俺の質問に答えやがれ」

今の龍麻ならきっと視線だけで
誰かを殺せる、それくらいの怒りを感じる。
生憎その対象が奴ではないのが残念だが、

「ククっ・・さあな、いずれ分かるだろう
 なあ、陰の龍よ・・?」

焦れた龍麻が動きだすその前に、
奴のその姿が闇に紛れて掻き消えた。


「・・・くそっ、瑞希、大丈夫か?」

いつまでも起き上がらない僕を抱きしめ
龍麻が心配そうにそう言った。
僕は弱弱しく頷くと、そうかと少し微笑んでみせた。

龍麻が傍にいる安心感でその時は気付かなかった。
奴が去り際に言っていた、呪詛の如きその言葉を。

ーーーーー
なんだか読み返した時にエロいなと思ってしまった。




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