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 そのまま部屋に通された名無しさんは、今日の宴を趙雲に告げられた。


「ごめんなさい……私の為だと分かってはいるのですが…」


 今にも枯れてしまいそうな笑顔を無理矢理作り、声を絞り出した。


「馬超殿が…申し訳ない事をしました。」

「趙雲様、貴方が悪い訳ではございません。どうか謝らないで下さい。ですが1つだけ…お願いがあります。」

「何でしょうか?」

「あの簪の欠片を…お持ち頂けませんか?」

「大切な…物だったんですね。」

「そうですね、たった1つの、最初で最後の思い出の物でした……」



"曹操の娘"が着けるには、少し見劣りのする簪。


幾らでも良い品物を与えられるであろう人が、これだけ大切にする物。

どれ程か、計り知れない。


「あの……」

「はい?」

「彼は…"一族の敵"と言っていましたが……。もしや彼が、西涼の馬騰様のご子息で?」


 少し辿々しく名無しさんが訪ねた。


「えぇ。父と弟2人…親類の殆どを失ったそうです。当時長男である彼は、城の守りを任されていたみたいですが…。」

「やはり……そうですか。有難う御座います。」


 悲し気に俯き、また泣き出してしまうかと思う程の落胆振りに趙雲は慌てる。


「いえ…名無しさん様にとっては気分の悪い話ですね、すみません。」

「父は…余り私の前でそういった冷徹な面を見せないので。その方面に疎い私を、お許し下さい。」

「きっと…貴女が大切なんですね。」

「私にとっては大切で、優しい父です。ですが……たった一言で大切な人をも奪う…。憎しみもありますよ。」


 フフッと視線を落としたまま、心無く笑った顔が、趙雲の心に刺さった。


「あの簪は…その大切な人から……?」



「少し…お喋りが過ぎましたね、忘れて下さい。それと、余り畏まらないで?名無しさんと呼んで頂いて構いません。」


 笑顔が歪み、再び今にも泣き出しそうな顔をする。


「失礼しました、では名無しさん殿、また後程お持ちします。」


 趙雲が部屋を出ると、寝台に上がり、寝転がった。

 簪の思い出が頭を過っていた。
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