□7
1ページ/8ページ


 湯浴み後、馬岱の部屋の扉を叩く。


「…名無しさん?」

「はい。」


 馬岱が駆け寄って扉を開く。


 名無しさんは椅子に座り、水を渡す馬岱に訊ねる。


「大丈夫でしたか?」


 笑いながら訊ねる名無しさんに溜め息を吐き、櫛を通しながら答える。


「大変だったよ。"抱き締めただけ"って言っただけなのに信じてくれないし。」

「…嘘じゃないですか。」

「趙雲殿、怖いもん。」

「普段の貴方の行動を見てると…余計信じられないんでしょうね。」

「僕、最近は女官に手出してないよ?部屋にあげるのだって、従兄上か名無しさん位だし。」

「随分と…大人しくなったんですね。」


 振り向き、疑いの眼差しを馬岱に向けながら、名無しさんが微笑む。


「もう…名無しさん以外は抱きたくないから。」

「…馬岱殿?」


 振り向いたままの名無しさんの額に口付けを落とす。


「今すぐにでも食べちゃいたい位なんだけどね。」

「なっ……」

「僕の事、好きになってくれるまで、ゆっくり待つ事にしたから。」

「…"1人の女性を愛したら"とは言いましたが、別に私でなくとも…」


 恥ずかしくて前を向き直した名無しさんの髪を解きながら馬岱は言う。


「僕は名無しさん以外を好きにはならないよ。」

「…同じ言葉を……言わないで下さい。」


 夏侯惇の言葉を思い出し、線が切れたかの様に名無しさんの頬に一筋の涙が零れた。


「愛し合っていた人の台詞と、僕の台詞じゃ…重みが違うでしょ?」


 辛そうに笑う馬岱の表情は名無しさんには届かない。馬岱の言葉の重みさえ、届かない。


「っ……。」

「ごめん。泣かないで…?」


 後ろから名無しさんを抱き締める。


「名無しさんが僕の事嫌いなら…僕、もう名無しさんに関わらないから……。」

「嫌いになんて…」

「じゃあ手、出しても良い?」


 何時もの調子でふざける馬岱に拍子抜けした名無しさんの涙が止まった。


「……馬岱殿!?からかったんですか!?」


 顔を真っ赤にして瞳を潤ます。


「なかなか良い表情してたよ。」


 笑う馬岱に怒る名無しさん。


「僕はね、名無しさんが幸せそうに笑っていてくれたら、それで良いんだよ。」


 愛しそうに髪を撫でながら、馬岱が微笑む。


「はい、おしまい!」

「有難う。」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ