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 親子揃っての名無しさんの溺愛っぷりにはさすがの司馬懿も常に減なりしていた。


 執務室を訪ねて来たと思えば
"今日も名無しさんに会えなかった"
 だの、
"叔父上や張遼、徐晃が憎い"
 だの…。名無しさんの事に関しては、父親である曹操と全く同じ思考回路の持ち主だ。



 今頃思う存分あの堅物の仏頂面に笑顔を浮かべ、鼻の下を伸ばして語らっているに違いない…そう思いながら司馬懿はお茶を淹れていた。


 途中女官に会い、"私がお淹れしてお持ちします"と言われたが、女と言う生き物は随分と口の軽い生き物だ。


 司馬懿の部屋で曹丕や名無しさんが一緒に居たと知れれば、文官連中が黙っていない。根も葉も無い噂を流されるだけだ。


 そんな事にならぬ様女官には断りを入れて給湯室にいる2人。男2人で茶を淹れる姿はどれ程滑稽に見られているであろうか。



 モヤモヤとした物が司馬懿の腹の内に溜まっていく。


「姜維よ。」

「はっはい!」

「腹をくくった顔で私の部屋に入ってきたな。……もう決まったのか?」

「はい、私は名無しさん様をお守りしたい…そう思います。」

「ふ…守る、か。貴様ごときではあの珍獣は守れんぞ。」

「珍獣……」

「守りたいなら武を磨く事だな。それなりに時間は与えてやろう。」


 鼻で笑われ一蹴されたが、何処か嬉しそうに微笑んでいる司馬懿に、姜維は安堵した。


あぁ、この方も名無しさん様の事を想う時、とても優しい顔をされる。


 訓練中に見た、張遼や徐晃と同じ顔。



「さて。運べ、溢すなよ。」

「はいっ!」


***
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