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 卓に向かい合って座る4人。誰かから話す訳でもなく、名無しさんが吹き出した。


「何か堅苦しくて、お葬式みたい!」

「貴様っ…茶の席で葬式は無いだろう!?」

「仲達、何か芸を披露しろ。名無しさんも姜維も退屈だろう。」

「(揃いも揃ってこの姉弟は…)私はその類は修得しておりませぬ故。」


 そっぽを向いて茶を飲む司馬懿に曹丕は眉間に皺を寄せた。


「何だ、つまらん男だ。」

ブチッ


 司馬懿が怒って向き直ろうとした時、部屋をいじって何かを探している名無しさんの姿が目に入った。


「…人の部屋を漁るとは良い度胸だな。」

「あっ、あった!司馬懿、これ借りていい?私の一芸を披露しようと思って!」


 そう言って名無しさんが手にしたのは古筝。


「ほう…仲達も珍しい物を持っているのだな。」

「ね、司馬懿の爪貸して、爪。いつも付けてる義爪!」

「これは古筝を弾く為の爪では…」
「堅い事言わないの!」

「……」


 大人しく差し出された義爪を着けた名無しさんは、撥弦楽器である古筝の21本の弦を器用に演奏し始める。


 廊下にまで響き渡る音色は通りすがる女官や文官の足を止め、聴き入る程であった。


「さすが名無しさんだな。美味い茶を一層美味くする。」


 3人が目を閉じて聴き入っている。


 演奏を終えた名無しさんがニッコリ微笑み、司馬懿に有難うと返すと席に着いた。


「名無しさん様、素晴らしい音色でした!」

「姜維、ありがと。」

「これで喜んでいたら、今夜の宴は度肝を抜かすぞ。」


 嬉しそうにはしゃぐ姜維に、クツクツと喉を鳴らして曹丕が笑う。


「…え?名無しさん様、宴でも演奏を…?」

「んー………内緒。」

「うっ…気になります。」

「夜になれば分かるだろう。それより貴様は文官の下を回らねばなるまい。」

「そっそうでしたっ。名無しさん様、楽しみにしています。」

「うん、期待しててね。」


 司馬懿は姜維をつれて再び部屋を出た。姉弟水入らずの邪魔をしない様に、司馬懿の計らいである。


「今夜はどんな舞が見られるのか楽しみだな。」

「どうしようかなぁ。剣舞もいいけど…1人でしても……。」

「ならば私と舞うか?」


 顔色は変わらないが少し嬉しそうに期待した眼差しで名無しさんを見る。
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