俺の仕事の一つ目は歌うことだ。
ピアノを撫でるように弾くピアニストとともに、観客をうっとりと音楽の世界へ、感嘆溢れる甘美な世界へ連れて行く。それにはきらきらの舞台も欠かせない。頭上には色とりどりの輝きを放つミラーボールに、舞台からもスポットライトが左右から俺を照らしている。
正直、舞台が眩しくて、視力も落ちた。それが原因かなのかもわからないけれど、客たちの顔はよく見えない。声だけの世界。俺の歌と、ピアノの音と、口笛の音。
俺はよく外国の歌姫の曲を歌う。クラシックなんて今どき流行らないのだ。しっとりとした時にはさすがに歌うこともあるけれど(それが仕事だし、やっぱり歌えないと
仕事に支障が出るときもあるしね)、あまり好きじゃない。なんか片っ苦しいし。
おれは自由に歌う、そんなカナリアみたいな生活がしたいんだ。
ここのオーナーも優しいしね、俺の好きなように歌わせてくれる。

あ、あ、あ、と音程確認、喉の調子もばっちり!

歌う、くるくる変えて、踊るかのように、歌う。

(さすがに5オクターブでる歌姫の曲は難しい)





「お疲れさまぁ」

だらしなく俺が右手をあげて挨拶すると、ボーイのジャン・ハボックがネクタイを緩めながら、お前にお熱なお客さんもそんな姿を見ると幻滅だな、と笑った。ハボックはこの店のチーフの次に偉い役職のボーイ。ハボックは仕事ができるけれど上に就くのはいやらしく、これ以上俺が出世することはないだろうな、と笑っていた事ある。実質、この店のオーナーより仕事ができるのを俺は知っている。だけど本人もそれを望んでいないので、俺がそのことを周りに口外することもない。
俺よりも濃い金色の髪に青い瞳。トレードマークはタバコ。ハボックの周りはいつも煙で一杯だ。それなのに、よく女の人に声をかけられているのを見かける事がある。こんなにタバコが好きなのに、こいつにはその有害性も効かないみたい。俺なんて背が伸びなくなるのを心配して吸ったことさえないのに。
「うるさいな、ヘビースモーカー。俺べつに俺にお熱になってーなんて頼んでないもん」かわいらしく口を尖らせるとおえぇ、とハボックが舌を出した。
「俺はお前のそんな可愛らしい姿に慣れてねーの」と頭を撫でられる。俺はハボックには色目を使わない。使っても無駄になることは分かっているし、ハボックにはかわいい彼女がいるからだ。その人はとても頭がよくて美人なんだって。聞いた話だから本当かどうかは定かじゃないけれど、とにかくハボックの自慢話もといのろけ話はしつこい。何回も聞いたことを言うのだ、この男は。(好きになるとこんなにも話をしたくなるものなのだろうか)
話をするときの顔は幸せ以外の何物でもない。
ハボックは俺のありがたーい話ちゃんと聞いてるかーとまた頭を撫でた。これはコイツの癖。まぁ撫でられたことによって俺の髪はほんとぐしゃぐしゃになってしまうんだけどそれで良い。
それが良いのだ、と思った。
さようなら、歌う時の俺。綺麗に着飾った俺。
毎日の儀式。
ハボックには感謝している。ほんと、アンタいてくれてるから俺笑えるんだと思うよ。上辺だけでもさ、笑顔つくれるんだ。




ぎぃぃ、とここの扉は俺の喉とは違くて、歌うようには開かない。まぁ扉さえも歌ってしまったら俺の仕事なんてなくなってしまうから、この世界はこれでいいと思うんだけど。
俺は住所不定の歌姫なのだ。そりゃもう皆が羨ましがるぐらいの。恨めしいの間違いだったりして。
俺の容姿はことさら周りとは違くて、男なのに細い体つきだとか、よく女の人に間違われる顔つきだとか。
ほんと、呪うべきは自分なのか、俺を産んだ母なのか、俺の元となった父なのか。(下品なのはこの環境だからかな)
今日の部屋番号はN300号。
今日のお客さんは誰なのかな。知っている人かな。初めての人かな。
でも優しい人だといいなぁ。
乱暴な人も嫌いではないけれど、優しい人の方が偽善者っぽくて、反吐がでるし、俺が生まれてきたことを否定してるみたいで大好きだ。
ほんと俺って根性腐ってるよな。だけど仕方ないよ。
俺をなじって喜ぶやつらも根性腐ってると思うし、そんなやつらとつるんでるんだから。つるんでるというかいいようにされてるの間違いかな。
だけどこれは契約なんだ。

「あ、ひさしぶり。アルフォンス」

俺に気付いたアルフォンスはイスから立ち上がって、両手を広げて俺を出迎える。俺と同じ金色の髪に金色の瞳。アルフォンスはそのことをとても喜々として語る。このサラダボウルの国では同じ髪の色、同じ瞳はそこまで珍しくないんだけどアルフォンスは一つ一つに俺との繋がりを求める。そうして繋がった事柄はまるで宝物みたいに、俺に話す。そうだな、と笑って頷くとアルフォンスはとてもうれしそうに笑う。俺がなんて思っているかなんてしらないだろうに。
単純さは俺と似ている。

アルフォンスは優しいし、楽だから、今日は吉日。

お金をもらって、一時、俺の体を好きにしていいよ、って契約。

二つ目の仕事は体を売ること。売春。男だから春って言わないのかな。娼婦? 売女?
ま、二つ目の仕事も綺麗に鳴くことだ。

あ、あ、あ、音程確認、今日も喉の調子はばっちり!



そうして俺は非生産的な日々をおくっているのだ。












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予告的に。
ここから先が長いです…。

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