novel

□どうして
1ページ/2ページ

ーどうしてー




今私の腕の中で眠るのは
白い羽を纏った
天使のような悪魔からは
全く連想出来ない
愛しい彼

悪魔による
翼主の身体を顧みない
残虐な攻撃は
彼の身体と心に
深い傷を刻み込んだ

私はぐったりとまるで死んだように眠る彼の
真っ白な腕の一筋の鮮血に指を這わす
身体は冷え切っているというのに
血だけは少し暖かかった
まるで彼の心のように


「は・・・ら・・・だ・・・・?」
彼の瞳がゆっくりと開かれる
意識が曖昧なせいか
いつもは澄んだ瞳が
闇によって乱されている

それでもその瞳は
しっかりと今にも泣き出しそうな私の表情を映しだしていた


「気がついた?日渡君・・・」
「原田・・・すまない・・・また、『俺』は君を傷つけてしまった・・・」

悪魔の白い羽はさっきまでその場にいたダークさんだけではなく
私の身体にも牙を剥いた

腕の中に抱かれたままの彼は
そっと私の傷口に触れた
刻まれた傷は深くて触れられるだけでも痛みを伴うものだったが
彼の手は私にとっては痛みを癒しに変えてくれるものだった

「やっぱり僕は君を守れなかった・・・すまない」
絞り出される
か細く悲痛な声は
私の心に悲しみを注ぎ込む
「何言ってるの?助けてくれたのはあなたじゃない・・・」

彼にとって
もう一人の自己である悪魔に抗うことは
かなりの苦痛を伴うことを知っていた
それなのに、彼は
私が傷つくのを見て
必死に抗った
あなたはただの人間なのに
自分の受ける苦痛をも全て飲み込んで
自己の身体を取り戻そうとして、そして最後には取り戻したじゃない・・・

悪魔が器を手放す直前に見えた
狂気を帯びた金色の瞳の奥で必死にもがく
深蒼の瞳は
強い意志をたたえていた
私を守ろうとする、ただそれだけの意志なのに・・・







彼はゆっくりと身体を起こし
まだ自由の利かない身体を壁に預けて座った

私も彼を支えるように横に座る
しばらくの間二人の間には沈黙が流れた



ふと、彼が弾かれたように顔をあげた


「そういえば・・・丹羽は?!」
そう言って私を見つめる瞳には明らかに焦りが含まれていた
「丹羽君は・・・」
ここから先を聞くと彼は多分

また・・・

でも真っ直ぐな瞳には逆らえなかった
「丹羽君はあのまま美術品の中に取り込まれていったわ・・・ダークさんもそれを追って美術品の中に飛び・・・・・・っちょっと日渡君!!?」

彼の反応は思った通りだった

親友が大変だと聞いて黙っているような彼ではないのだ
おもむろに立ち上がり、親友の取りこまれた美術品の元へと向かおうとしていた



自分だって今はぼろぼろの状態のくせに

どうしてそうやって自分ばかりを犠牲に出来るのよ・・・


彼の足取りはとても正常とは言えなかった
もはや立つ力だってほとんど残っていない
ただ強い精神力だけが辛うじて意識を保っているだけだ

座っていた場所から10mもいかないうちに彼はその場に倒れ込んだ

「日渡君!!?」
急いで駆け寄ると
彼はまだ歩を親友の元へ進めようとしていた

立てないのなら
這ってでも

その動きを止めようと私は彼の身体を抑えつけた
いくら私が女だからといって
かような状態の彼の動きを封じることは容易だった

「離せっ!!原田・・・!!」
まるで欲しいおもちゃを買ってもらえなかった5歳児のように喚き散らす
「僕が・・・僕じゃないと丹羽は救えないんだ・・・!!!」












―パシッ―













二人だけの空間に乾いた音が響く



「・・・・・・・馬鹿言わないで・・・・・・そんな身体で何が出来るっていうのよ・・・・・・・」

今まで心に蓄積されていた想いと涙が一気に堰を切ったように溢れだした

「どうしていつも日渡君はそうやって自分のことばかり犠牲にしようとするの?どうして誰かを助けるためなら自分を簡単に傷つけられるの?
お願いだから、もっと自分に優しくして?
じゃないと・・・日渡君このままだと壊れちゃうよ・・・っ!!」

私は自然と掴んでいた腕に力を込めていた
もう彼からは何の抵抗もない

ふと見ると
右頬を赤くした彼の瞳も
熱いもので揺らいでるのが分かった

その瞳を見られまいと思ったのか
彼は私の肩に頭を預けてきた


「君にまでこんなにも心配をかけてしまうとは・・・すまない…」
少しだけだが声が上ずっている
おそらく泣いているのだろう
私は彼の身体を抱きしめる

「ううん・・・。丹羽君が日渡君にとって大切なのは知ってる。いつもだって、日渡君は必死に弱い私を守ってくれる。
そう…日渡君は強くて優しいんだよ。でも、だからこそ自分で自分を壊しちゃうんじゃないかって・・・不安で不安で」

ああ
やっぱり
この人は愛おしい
私は彼の身体を抱きしめる力を強め
そっと耳元で囁く

「もっと自分を大切にして?じゃないと守れないものだってたくさんあるんだよ。
日渡君が苦しい時は
私があなたを守ってあげるから」




涙は相変わらず止まらない
でも私は腕の中の
強い彼を
絶対に守ってあげようと思った 








「ありがとう・・・」


表情を隠した彼のセリフは
とても優しくて暖かかった






そして
彼は私の腕の中で
もう一度意識を手放した





あとがき→
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ