novel

□たとえ、報われない定めでも
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あの時私は
死んだ
と思っていた

暗闇に差し込む光に誘われ
目を覚ますと
そこにいたのは
貴方だった

胸に渦巻くは
希望、期待、喜び
そして愛おしさ
しかしそれらは貴方の残酷な言葉によって
一瞬にして崩れ去ってしまった




「君は・・・だれ・・・?」

















後から丹羽君に聞いた話によると
やはり私はダークさんとクラッドさんの戦いに巻き込まれて一度は死んだらしい

クラッドさんから器を取り戻した彼は
私の亡骸を見るとその場に力無く座り込み
ポケットからある美術品を取りだした

その美術品は人の命を蘇らせる力をもつ
氷狩家の秘宝中の秘宝

人の命は神から与えられた一度きりだ
その命を自然の摂理に反して再生するということは神との契約を破ることになり
その使用者は人の命と引き換えに対価を払う必要があった

彼は迷うことなく
私の命を選んだという

そして彼はその対価として
この世で最も愛しい人の記憶と
人を「愛する」ことを忘れてしまった


そう、それは
私の記憶と
人を「愛する」ということ



















二人のこれまでの記憶が無くたって
また新しく作ることは出来る
以前と同じように
目の前の貴方と
見つめ合い
笑いあい
触れ合うことだって出来る
私がピンチの時は
いつだって助けに来てくれるのは
やっぱり貴方

だから
時が経てば
また同じ関係に戻れると信じていた

でも
やはり命の代償は大きかった
神はあくまで私たちに冷酷だった


私は彼に
「愛する」気持ちを
伝えることが出来なかった

「好きだ」
「愛している」
愛を伝える言葉の数々を彼に伝える度に
彼は再び
私の記憶を無くしてしまい
また
はじめまして
からの繰り返しだった

神様は博愛の精神を人々に説いたというのに
私が世界で唯一愛する
この人だけには
人を「愛する」という感情を持つことを
断固として許さなかった

私を見つめる深蒼の瞳も
私の名前を呼ぶ凛とした声も
たまに触れる指先も
柔らかい微笑みも
何一つ以前の貴方と変わりがないのに
人を愛せない貴方はまるで操り人形のようだった

貴方は何故私の命と引き換えに
そんな大切なものを失ってしまったのだろうか
これまで愛情を伝えたところで拒否される辛さは何度も味わってきたが
愛情を言葉にして表現出来ないこの辛さに比べればよっぽどましだ
愛しくて愛しくてたまらない貴方に
今にも溢れだしそうな気持ちを伝えられない

伝えてしまえば
また貴方は私のことを忘れてしまう
そんな哀しい貴方の姿をもう見たくはない

器を手に入れたことによって
私たちは触れ合うことは出来る
それなのに
愛を囁けない私たちはまるで
冷たい硝子越しに触れているかのようで
そこには
もどかしかさと虚無感しか存在しない
このままでは私まで壊れた操り人形になってしまいそうだ

何度も何度も
自ら再び命を絶つことを試みたが
無理だった
やはり私は貴方が愛おしい
そして何より
貴方が自分の大切なものを犠牲にしてまで
取り返してもらった私の命を
無にすることは私には出来なかった

愛を授受出来ずに辛いのは私だけではない
人を「愛する」ことを忘れてしまった貴方だって本当は辛いはずだ
それならば、私はあなたから与えられた命で
貴方と苦痛を分かち合って生きよう
愛の無い世界で
操り人形として戯曲を踊り続ける
たとえそれが決して割れることのない硝子越しであったとしても
貴方と一緒であるならば
それは
きっと・・・







たとえ、報われない定めでも


title by空橙

2012.2.1

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