novel

□愛し―かなし―
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―どうして私を助けてくれるの?―




それは
いつだって虚空を掴むはずだった僕の手が
もう一度君の身体に触れた時だった

あの時と同じように
崩れゆく塔から投げ出された君を見て
僕は自ら翼を求めた
人間の力をもって翼を手に入れることが
どれだけ深い代償を負うことになるかなんてどうでも良かった
ただいつものあの
『感覚』に突き動かされ
君を求めて手を伸ばした

いつも黒い翼ばかり映す君の瞳に
初めて僕の白い羽が舞う
君の
眼差しが
呼吸が
温もりが
すべて僕にだけ注がれる



―日渡君、あなただったんだね。この前私が灰燐の塔から落ちた時に助けてくれたのも・・・―



君の瞳に映る僕の顔が
君の美しい涙で歪んでいく
僕はそんな君から目を離せなかった

何事にも執着してはいけない
それは彼女にだって同じなのであって
僕は君の瞳にこれ以上映し出されてはいけない人間なのだから



―まって!―


迷いを振り切るように彼女に背を向け
空に飛び立とうとした時
冷たい僕の背中に君は抱きついた
やっとの思いで
君を断ち切ろうとしたのに
今度は体中に君の温もりが駆け巡る
背中の傷に君の吐息が掛かろうと
痛みはない


―私、本当はなんとなく分かってた。いつも助けてくれるのは日渡君なんじゃないかって―


違う
君を助けるのは僕じゃない
あいつだ
僕は君を傷つけてしまうんだ絶対に
『感覚』に突き動かされて
君に手を伸ばしたことが僕の罪だったんだ
どうして僕は君の瞳に1秒でもいいから
僕を映して欲しいと願ったのだろう
僕は間違いを犯してしまった
目の前の
まさしく純白の羽が似合う君を
穢れた僕が独占することなんて
絶対に許されないのに




―私、日渡君が・・・・・・・―
















これ以上彼女の声を聞いていることは出来なかった
僕は彼女の温もりを振り切り冷たい空へと飛び立った
彼女の最後の言葉は
心の声と羽ばたく音でかき消される

僕は振り返ることなく
彼女から離れていった

僕は気付いてしまったんだ
彼女に対して抱いていたこの
『感覚』
の名前を

それは何事にも執着せず
心を持たずに生きて来た僕に
君が造った
「ココロ」




愛し―かなし―



2012.2.22

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