novel

□愛してる、とさようなら
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―私、日渡君のことが・・・―










彼女の元を飛び立って以来
僕は学校にも行かず、ダーク捜査の現場指揮を執る事さえも辞めてしまった。
それはただ彼女を
この目に映してしまわぬようにするため。
そして僕は先祖代々使われている氷狩家のアトリエに引きこもり美術品の造形に打ち込んだ。
何も考えずに、美術品を生みだす作業によって、
僕は己の宿命を再度認識し
彼女への思いを断ち切れると思っていた。



それなのに・・・



「造形主には心が生まれたのですよ」

命を吹き込まれた美術品は
人の心を持つ。
それが氷狩の美術品が世に「不思議」と言われた所以。
そしてその心は造った者の心を忠実に表す。
造形主に心が無ければ美術品もただの「モノ」でしかない。

これまで僕が造った作品たちは皆心のない
ただの「モノ」だった。

それなのにあの日以来、
僕の手によって生み出された「モノ」達は皆
心を持っていた。
人の感じる喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、そして愛しさ、
そのすべてを彼らは兼ね備えていたのだった。
彼らは口々に僕の心の存在を語りかけてきた

「彼女は造形主の心を造ったのです。誰かを守ることの喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、それらの全てを彼女が与えてくれたのですよ」

ふざけるな。
「モノ」の分際で何を言う。
お前たちに彼女のことが分かるはずなどない。
否、彼女など僕には関係の無いものだ。
彼女と関係を持ってはいけないのだ。


「彼女は、造形主、貴方に人を愛する気持ちを与え」
「黙れ!!」







「モノ」が壊れる音がする。
それだけでない。
「モノ」が生命を終える時の悲痛な叫びが部屋中にこだまする。
足元には先ほどまで命の流れていた美術品の残骸。
これで美術品を壊したのは何回目だろうか。
部屋中に壊れた「モノ」の破片が散らばっていた。

彼女を忘れるために始めたことなのに
やはり彼女からの解放という願いは叶わない。
造り上げた美術品は皆彼女のように笑い、語りかけ、そして涙を流す。
僕は彼女の幻影を打ち消すように、
何度も何度も美術品を作っては破壊した。
壊れる時の叫びすら何処か彼女に似ていて
僕はこの手で彼女を殺めているような感覚に陥り、何度も何度も瓦礫を胸に抱いて涙した。

そう、
もう自分でも否定し難いほどに
僕は彼女を
愛していた。
ただその感情を否定するために
無意味な造形と破壊を繰り返すも、
その度に愛しいという感情は募っていくばかりだった。
ふとした時に脳裏に浮かぶのは、
彼女の穢れのない純心な笑顔。

ある日
僕は無意識に筆を取り、
目の前の巨大なキャンパスに
脳裏のスクリーンに映し出された彼女を
忠実に再現していた。

純白のドレスを纏い、
白く繊細な手には大きく咲いたひまわりの花と、
そんな花に負けないほど眩しい彼女の笑顔。

描いている間
僕はキャンパス上の彼女に陶酔していた。
この世界中のどんな宝石よりも美しいと思った。
細い筆の描き出す曲線から生まれる彼女の柔らかな表情、
描き入れられる大きな瞳と
幸せそうな朱色の唇。
その全てが愛おしくて
僕はただ無心に
彼女に形を与えていった。
最後の仕上げとして瞳に光を描き入れた時
彼女と目があった気がした。
彼女の瞳に
僕が映し出されたその時だった。



「怜様。やはりあの娘に執着しているのですね」

しばらく聞いていなかったもう一人の自分の声が脳内を駆け巡る。

「申し上げたはずですよ。貴方は何事にも執着してはならない、と」

彼女の瞳に映された自分の顔が
絶望の色に満ちて行くのがはっきりと分かった。
そんな僕を本当に見ているかのように
絵の中の彼女は明らかに悲しそうな表情を浮かべた。

「貴方といると彼女は必ず不幸になってしまう。そんなに彼女を愛おしいと思うのならば
今すぐに、彼女のことを忘れるのです」












その後のことはよく覚えていない。
気がついたら僕の足元には赤色の絵の具がぶちまけられたキャンパスで寂しそうに笑う彼女がいた。
どうやら僕は悪魔のささやきの後
自分の感情をコントロール出来なくなりキャンパスを床に投げつけたところ、
暴れた衝動で赤色の絵の具の入った缶を
その上に落としてしまったらしい。
彼女の純白のドレスもすべて赤に染まってしまい、彼女の姿の中で唯一無事なのは寂しそうに笑うその顔だけ。
まるで血の、彼女の血の海のようだった。
本当に彼女が流血しているように思えて僕は力なく彼女の描かれたキャンパスの上に倒れ込んだ。
白いシャツに冷たい赤色の絵の具が染み込んでいく。
僕は彼女の顔に指を這わせた。
幸せそうに笑っているはずなのに、
どこか瞳は悲しさを浮かべていて、
その唇に、肌に、瞳に指を這わせど
彼女の瞳に僕が映し出されることはなかった。
彼女の瞳は無機質で、光を失ってしまっていた。
その様子はまるで彼女の生命が絶たれてしまっているようで、
僕は知らない間に涙を流していた。
僕は彼女を守れなかった、
その想いだけが胸を締め付ける。
そうだ僕は彼女を守れない、
いずれ僕の手によって彼女はこのような残酷な運命に出会ってしまうのだ。
僕の悪魔の血はいくら流れても構わないが
彼女の穢れの無い血は一滴たりとも
流させてはいけない。
否、彼女の身体に傷をつけることなど許されない。
僕は彼女の身体に触れることすら許されないのだ、罪なのだ。
それならば今ここで
絵の中の彼女が微笑む前で、
僕自身が自ら命を放棄してしまえば良いのに
それだけは出来なかった。
辛い、苦しい、
それでも
それ以上に僕は彼女を愛していたんだ。
たとえ傲慢だと言われ、世界中が非難しようとも、
僕は彼女を愛したかった。
だから僕はこの許されざる想いを肯定し、持ち続ける代わりに、
二度と彼女の前に姿を現すまいと決心した。



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