novel

□刹那な世界に永遠の愛を
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あの日からもう10日が経った
救急車で病院へと運ばれた日渡君は既に瀕死の状態で3日間集中治療室で生死の境を彷徨っていた
お医者様の懸命な治療のおかげで何とか一命を取り留め個室へと移されたが
それから1週間、彼はずっと眠り続けている



「日渡君、今日数学のテストがあったんだけど、私80点取れたんだよ。」




お医者様にはもう目を覚まさないかもしれないと言われた
それでも私はもう一度日渡君の声が聞きたくて、毎日病室に通っては日渡君に話しかけ続けた



「この前日渡君に教えてもらったところがちょうど出たんだよ。そこは全部満点でね・・・」



傾きかけてきた日が差し込む病室に
私の声だけが切なく響く

ベッドに横たわる日渡君は
まるで人形のようだった
身体に触れてその温もりや鼓動を感じることが出来るのに
「日渡君」を感じられない
いつか学園祭で私達が演じた眠れる森の姫では、
呪いに掛かって眠り続けていたお姫様は
運命の王子様の口付けで目覚めたけれど
現実は物語みたいに上手くは行かないのね
奇跡を信じて
口付けを落としてみたけれど、
日渡君が目を覚ますことは無かった
確かに私は王子様では無い
でも原因はそこにあるんじゃなくって、
私は日渡君を深い眠りから救いだすような
運命の人では無いのかもしれない



あの日、
日渡君が重篤だと聞いて駆けつけた丹羽君から日渡君の話とダークさんの話を聞いた
ダークさんが丹羽君だと知って驚いたけれど、それ以上に日渡君が短命であることを知って私は絶望感に打ちひしがれた
まる二日は何も喉を通らなくて
集中治療室の外のベンチでただ呆然としていた
やっと気持ちが通じ合えたのに
あの日日渡君から聞いた

「愛してる」

その言葉が頭の中で不協和音のような響きを奏でながらループしていた
でも治療室から出た彼の安らかに眠る表情を見て
私は少しの間でも良いからこの人と一緒にいたい、この人を幸せにしたいと思った
だから私は今、
この人を救う力が欲しい
眠れる王子様の運命の人で無くたって構わない
ただ必死に、こうなるまでに
私の事を守ってくれた彼を
何とか救いたいのだ

「日渡君・・・ごめんね」

名前を読んで涙を流すことしか出来ない自分が虚しくて堪らない
私は虚無感に息の詰まる感覚を覚え
病室を後にした
























病室を後にした私の身体は
自分でも気がつかないうちにあの日のアトリエへと向かっていた
重たい扉を開けた先に広がる埃っぽい室内は絵の具や木材等の匂いに包まれていて、
床には筆や刷毛などと共に明らかに美術品を破壊した後の残骸が散らばっていた

そんな部屋の真中には大きなキャンパスが横たわっている
そこには真っ赤な海に呑まれた一人の少女が描かれていた

「これは・・・私・・・?」

まるで血を浴びたかのような絵の中の私は
優しく微笑んでいた
どこか寂しげに見える瞳は
絵を描いた主の帰りを待っているかのようで
絵の中の私は本当に日渡君を愛して幸せそうな表情をしていた
そして絵の中の私は日渡君に愛されているようで
私はただ嬉しかった








「貴女が造形主の心を作った人?」

ふと背後から声が聞こえたので振り返ってみると
そこには大きな透明な十字架のチャームのついた首飾りをつけた女性がいた
彼女はその声や仕草、表情が何処か私と似ていた

「貴女は・・・?」
「私は造形主によって造られた美術品よ。少し前まではただの「モノ」でしか無かったんだけどね」

寂しそうにすっと細めた彼女の視線は胸元に光る十字架へと移り、
その十字架に愛おしむような手付きで触れる


「造形主は貴女によって変わった。それまでの造形主の心は空っぽだった。でも貴女によって誰かを守ることの喜び、悲しみ、怒り、憎しみ、そして人を愛することを知ったのです。そして造形主は「心」を持つようになった。」

「心・・・」

「心を持つようになった造形主によって私達もただの「モノ」から「心」を持つ美術品へと生まれ変わった。
「心」を知ることは喜びであると同時に苦しみでもあった。造形主も貴女を守るために貴女への気持ちを否定しようとして苦しんでいた。気持ちを掻き消す為に美術品を何度も何度も破壊していたけれど、その度に美術品があげる悲鳴が貴女そっくりで、まるで貴女を殺めてしまったかのような気持ちに陥ってまた造り直しての繰り返しだったわ。」


「日渡君が・・・?」


知らなかった
それほどまでに彼が苦しんでいたことを
きっと今足元に散らばる残骸達は
日渡君の悲痛な想いの欠片なのだろう


「貴女は本当に愛されていたわ。原田梨紗」


そう言って微笑みかける目の前の彼女の表情はとても優しかった
たまに見る事の出来た日渡君の笑顔にどこか重なるところがあり、
私の瞳には涙が溢れてきた



「今、日渡君が大変なの・・・。あの人を助けるための力が欲しいの。日渡君が助かるなら何だってする。だから、もし何か方法があるなら教えて?お願い!」

必死に彼女に縋る私を彼女は抱きとめ
頬を流れる涙の筋に優しく触れた
そして彼女はもう一度優しく微笑んだ


「一つだけ方法があるわ、その代わり・・・」
「その代わり・・・?」







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