novel

□とわを、きみと
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「・・・何よ、それ・・・」

僕が自分の運命を告げた時、
強がった口調とは裏腹に彼女の頬には
一筋の涙があった。

「日渡君が・・・短・・・命・・・?」
「ああ・・・」
「もうすぐ・・・死ん・・・じゃうって・・・」

彼女の生命力溢れる瞳が絶望に染まっていくのが分かる。
それでも彼女の眼差しは一心に僕を捉えようとしていた。
彼女の想いから逃れるために真実を告げたつもりだったのに、
その瞳はより一層僕を捕まえて離そうとしない。


「どうして今までずっと黙ってたの・・・?」


君を傷付けたくなかった。
ただそれだけの筈なのに言葉にならない。

僕は長い間夢を見ていた。
彼女から注がれる愛を全身で受け止めて、
ありったけの愛を君に送る。
これまでの無味乾燥な人生は、
彼女の笑顔と愛に溢れてから、
まるで荒涼として鬱蒼とした大地に色鮮やかな花たちがその花を開かせていくようだった。

僕は物心ついたころから既に自分の運命を聞かされ、それを何の抵抗も無く必然として受け入れてきた。
だから「死」に対する恐怖なんてまるで無かった。
明日終わるかもしれない命だと思えば、何事にも執着しようとすら思わなかった。
執着しなければ、それが自分の掌から零れ落ちた時の辛さを経験することは無い。
何事にも捉われないこと。
これこそが人間が最も恐れる「死」に立ち向かう唯一の強さだと信じていた。

でも彼女は違った。
彼女はあらゆるものに執着しようとした。
手に入れば子供のように無邪気に喜び、失ってしまえば枯れるまで涙を流した。
そして他の人間と同じように「死」を恐れ、「永遠」を手に入れることを望んだ。
「愛の力は永遠だ」なんていう小さい頃に読み聞かされたただの御伽噺を彼女は心から信じ、そして渇望していた。
人に愛されたい。人を愛したい。
そんな願いに執着し「永遠」を求め、「死」に背を向ける彼女を僕はずっと弱い人間だと思っていた。



―私は日渡君が好き。日渡君を愛して、愛されたい―



その日から僕は変わっていった。
僕の一言一言に一喜一憂する表情豊かな彼女に僕は魅せられていった。
今まで、誰かが自分のためにこれほどにまで大げさに泣いたり笑ったりすることなんて無かったから、そんな彼女の、しかも自分だけに向けられる表情を僕は独占したいとまで思うようになっていた。
その時気付いた。
僕は彼女に執着している、と。
気づいてしまってからは、いくら頭で否定しようとしても、心はますます彼女に惹かれていく自分を意識せざるを得なかった。
自分が弱いと思っていた人間に、
何かにとりつかれたかのようにのめりこんでいる自分がいる。
それからというものも、僕は徐々に「死」を恐れるようになった。
「死」はすなわち彼女との離別を指すからである。

僕は昔自分が弱いと思っていた人間になってしまった。
「死」を恐れて目を背け、「永遠」を望んだのだ。
このままではいけない。
このままでは自分が駄目になってしまう。
自分から彼女を断ち切れないのなら、彼女からこの鎖を離してもらおう。
きっと僕に「死」が迫っていることを知れば彼女は恐れて僕から遠のくはずだ。
そう願って僕は今まで秘していた自分の運命を彼女に打ち明けることにしたのだ。
しかし・・・



「どうして、日渡君はそうやって全部一人で背負い込もうとするの?」
「はら・・・だ?」
「日渡君は辛いことを全部自分で解決しようとするけど、
日渡君はそんなにたくさん抱え切れるほど強くないんだよ。
このままだと日渡君は日渡君じゃ無くなっちゃう。
壊れちゃうよ・・・。」



目の前の彼女の瞳は涙で溢れかえっていた。
けれどその瞳の奥には確かな強さがあった。



「辛いことは私にも背負わせてよ。二人で持てば絶対に潰れない。それがたとえ「死」だったとしても。」
「・・・「死」が怖くないのか・・・?」
「怖い、怖いわよ。得体の知れない恐怖だもん。
でも、日渡君となら立ち向かえる気がするから。
日渡君となら死ぬことだって怖くない。
二人で「死」を乗り越えれば、そこでやっと「永遠」が手に入るもの。」



僕は間違っていた。
彼女は弱くなんて無かった。
何事にも執着せず半ば「死」に対して諦観の境地にいた昔の僕や、「死」に目を背けようとする今の僕なんかよりずっとずっと強い人間だった。
目に見えない恐怖を受け止めて、
それを乗り越えようとする彼女の信念は
美しくもあり、逞しかった。
僕は彼女について何も知らなかったのだ。
彼女はこんなにも強い人間だ。



「これからはお互い嬉しいことも辛いことも半分こしよ。そうすれば絶対に潰れちゃわないから。日渡君も辛い時は私の側で泣いて良いんだよ。その涙に触れて辛いことの半分私が支えてあげるから、ね?」



そう言って微笑む彼女の笑顔は
いつもより眩しく見えた。






とわを、きみと



2012.5.27
title by 空橙

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