novel

□繋がる
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「そろそろか・・・」



午前0時30分。
今日の事件の資料の整理を終えパソコンを閉じると、
暗闇に包まれた部屋を照らすのは
カーテンの隙間からこぼれる月光だけになった。
今宵は満月。
今宵は明るい。
少し開いた窓からは
冷たい月光と共に
初夏の知らせを運ぶ爽風が舞い込んでくる。

その風に誘われるように窓の方へ向かおうと立ちあがろうとした時、
机の上に置かれた携帯電話が震え始めた。
月の灯しかない部屋に広がる無機質な光。
携帯電話のディスプレイには
その光に包まれて先ほど思い浮かべた人の名前があった。


「・・・もしもし」
―もしもし、原田です。―
「ああ、君か」


ああ、君か
なんてまるで彼女からの電話を全く想定していなかったかのような返答をする自分はどこか可笑しく思えた。 


―今日も遅くまでお疲れ様、日渡君―
「・・・ああ」





3か月くらい前だっただろうか。
ダークの予告状が出されたある日、いつものように事件の後処理を終えて帰ろうとしていた時、美術館の側で彼女に会った。

『日渡君、どうしてここに?』
『それはこちらのセリフでもあると思うけど?』

僕は彼女に自分がダーク捜査の総司令を務めていることを話した。
彼女は僕を非難すると思い、話終わった時に後悔したのだが、彼女の口から出た言葉は予想を裏切るものだった。

『じゃあ私達似た者同士ね』
『え・・・?』
『だって、ずっと捕まらない人を追いかけ続けてるんだもの・・・』
『そう・・・だな・・・』

それからどういう成行だったのだか、僕と彼女は互いに携帯の番号とアドレスを交換した。

その日以来、ダークの予告状が出された日は事件後の会議が長引いたりしない限りは彼女を家まで送るようになったけれども、互いに携帯電話でやりとりすることは一度も無かった。





「今日はダークに会えたのか?」
―ううん、今日は人が多くてダークさんの顔すら見ることが出来なかったの!―
「そうか・・・残念だったな・・・」
―日渡君は?!ダークさん捕まえられそうだった?!―
「今日は為す術無くあっさりやられたよ」





僕の携帯電話のディスプレイに彼女の名前が初めて映し出されたのは約1ヵ月前だった。
その日も今日の様な満月で、
時計の針は午前1時を廻ったところだった。

『・・・もしもし』
『・・・っ・・・ひ、ひわっ・・・たりくん!!』

電話口の彼女は泣いていた。

『原田・・・どうして・・・?』
『ダークさんにっ・・・もう、お前とは会えないって・・・言われて・・・』

彼女の震える声が無機質な機械を通して
僕の心に響く。
機械の向こうの彼女がどんな表情で、どんな気持ちでいるのかが目に見えるように分かる。

彼女がどれだけダークを愛していたか知っていたからだろうか。
他人の事で心を痛めたりしない自分なのに、
彼女の声を聞いていると胸が締め付けられるようだった。





その日以降も彼女は相変わらず
ダークの予告状が出た時には、
毎回現場に足を運んだ。
以前と変わったことと言えば、
ダークの事件があった日には必ず彼女から電話が掛かってくること、だった。
そして彼女が電話口で涙を流すことは一度も無かった。
僕達にとって他愛も無いことを電話で話すことが、事件のある日の日課になっていた。
話すと言っても、喋るのはほとんど彼女で、僕はそれを電話越しに聞いているだけ。
それでも彼女は色々と話してくれた。
学校のテストの話、友達の話、家での話、双子の姉との話。
携帯電話から聞こえる彼女の鈴のような声は、時に嬉しそうで、時に悲しそうで、たまには怒ってみせたりで、
変幻自在な彼女に僕はこの通話をずっと続けていたいと思うほどどこか魅かれていた。
一度、夜が明けるまで話したこともある。
その後学校で、寝不足のため授業中居眠りしているところを先生に怒られて照れる彼女を見て、僕は可愛いと思った。
彼女の目にはダークしか映していないけれど、
電話越しに彼女の声を独占するこの時間を、僕は何時しか心から楽しみ、自分でも驚くほどに待ち侘びていた。
まるで電話口の彼女の声の魔法に掛けられたかのように。





時計の針はもう午前3時を指している。
2時間半話したなんて信じられないほど、時の経過が速く感じられる。
彼女との電話ではいつもそうだ。
生きていることがただ苦痛でしか無かったこれまでは時間が経つのが速いなんて感じたこと無かったのに。
これも彼女の魔法だろうか。

―・・・もう3時かあ〜。私そろそろ寝るね。―
「ああ」
―あのね、日渡君。―
「どうした?」
―私、日渡君と電話するこの時間すっごく好きなんだ。―

寝惚けた様な甘い声が
電話を通して僕の脳内に広がり、
冷静な思考が崩れ始める。

「・・・え?」
―最近は、ダークさんに会えることよりも、その後日渡君と一緒に帰ったり、こうやって電話でお話する時間の方が楽しみで仕方がないんだ〜。―
「そう、なのか・・・」
―そ〜だよー。日渡君にはすっごくかんしゃしてる。ありがとう―
「・・・」
―じゃあ、またあしたね〜。おやすみなさい。―
「おやすみ・・・」






彼女の声に埋め尽くされていたかのような僕の部屋は、ボタン一つで一瞬にして無機質な世界に変わった。
部屋にある音といえば電化製品の作動音のみ。
彼女との電話、それは日課のようなもので、いつもと対して変わらないのに、先ほどの彼女の言葉が頭にこびり付いて離れない。
それは彼女のいつもと違った甘い声の魔法の所以か、それとも・・・。


部屋の中央に出来ていた月光の筋は、
時間の経過によってその位置を変えて僕の身体を冷たく照らしていた。
立ちあがり、光の筋を辿って窓際へ行き空を見上げると、雲一つ無く星が瞬く夜空に大きな満月が浮かんでいた。

今宵は満月。
今宵は明るい。
月は僕が行くべき道を照らしてくれる。







今、すごく彼女に会いたい。













繋がる




2012.6.11

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