novel

□天の川で溺れ死にたい
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あの日から1年が経った。
余命数ヶ月と言われていた日渡君は、
今年のこの日も私の隣にいる。
依然体調は良好ではないけど、去年よりは安定していた。

彼に付き纏う死の影は
未だに彼から離れようとはしないけれど、
彼が生きていること、
そして彼と共に今年もまたこの日を迎えられたことが、
私にとってはこの上ない幸せ。


「星綺麗ね」
「ああ」


去年と同じ病院の屋上のベンチに2人並んで腰掛け、夜空を見上げる。
梅雨で連日晴れなかった空も、
今日ばかりは織姫様と彦星様の1年に1度の再会のための相応しい舞台と言わんばかりに雲1つない。


「今年も梨紗と一緒に七夕を過ごせて良かった」


1年経って彼の私の呼び方は変わった。
私は相変わらず日渡君だけど。


「私もよ」


そう囁くように言うと、
彼は優しい笑顔を私に向けてくれた。
彼は1年前に比べてよく笑うようになった気がする。
私のお陰かしらと自惚れてみたり。


「もし僕が死んだら…」


すっと細く滑らかな指は満天の夜空に輝く星を指す。

「この夜空の何処かの星になって、1年に1度天の川を渡って必ず君に会いに行くよ」

「嫌よ…」


彼の切なく消え入りそうな声に私は思わず彼の身体を抱き締めた。
この手を離せば今にも彼は夜空へと羽ばたいて行きそうな気がした。


「1年に1度なんて嫌よ」

去年はそれで良いと言ったのに…
私は…


「もう…天の川で溺れちゃいたい」
「梨紗…?何を…?」


彼の胸に埋めた私の顔を覗き込もうとする彼の動きを封じるように、
私は更に強く彼の身体を抱きしめる。


「日渡君が死んだら、私天の川に飛び込む。そうすれば、日渡君は絶対に助けに来てくれるでしょ?」

「それって…」

「そう。日渡君が死んじゃったら、私もお星様になって天の川に飛び込んじゃうの。そして助けに来てくれた日渡君と一緒に天の川で溺れちゃいたい。なんなら溺れ死んじゃったって良いわ。だって綺麗な天の川でずっと一緒に居られるんだもん」


私も去年とは変わってしまった。
もう夢見る少女なんかじゃなくなってしまった。
信じてれば愛してれば会える。
そんな不確実な期待より、確実に彼と一緒に居られる方法が欲しかった。
死んじゃったって心では生きてるよ、
なんてお涙頂戴のドラマみたいに世界は出来てない。
そうじゃなくて
もっと確実に死してもなお彼の存在を感じていたい。
そのためなら
あれだけ怖い存在に思えた死だって怖くない。
むしろ喜んでこの身を夜空に投げ出すわ。
そう、
それほどまでに私は彼を愛してしまったのだ。
もう引き返せない
私達の定め。


「沈んでしまおうか・・・天の川に、二人で」
「うん・・・ずっと一緒だよ」













天の川で溺れ死にたい




お題 告別

2012.7.7

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