novel

□鉄仮面の王子様
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「好きです、原田さん。付き合って下さい」

あー、今月で2回目ね、告白されるの。
今朝下駄箱を開けると私の名前の書かれた封筒が入っていて、その中には、

『今日の放課後、体育館裏で待ってます。』

ただそれだけ書いてあった。
こういう形で告白されることは珍しいことでは無い。
ただ無視するのは失礼だし、一応同じ学校だから関係を気まずくするのも良くないと思ってこの手の呼び出しには応じるようにはしている。

今日のお相手は一つ年上の3年生みたい。
顔は見たことあるけど名前なんて知らない、そんな感じ。
確かにダークさん系の派手目の顔で身長も高くて世に言うイケメンなんだろうけど、私にとってはどこかもの足りない。そもそも一度も話したことも無いし・・・。
ということで、却下。

「私には好きな人がいます。だからお付き合い出来ません。ごめんなさい」

このセリフ何度言ってきたかなー、なんて。
私がダークさんのことが好きだって噂は校内中に広がっているようで、こう言えば大体の男の子は引き下がってくれる。
でも今日の相手は違っていて・・・。

「どうして!どうして俺じゃだめなんだよ!俺は君がこの学校に入学して来た時からずっと君に一目惚れしてたんだ!」
「え・・・あの・・・」
「君がダークのことを好きなのは知っている。でもダークのどこがいいんだ?奴はただの泥棒だぞ!どうしてそんな奴なんか!」

私の拒絶の言葉に怒りを覚えた先輩は、
徐々に私に近づいてきた。
私は気迫に圧倒され後ずさることしか出来なくて、そしてそのまま後ろのフェンスにぶつかり行き場を失ってしまった。

「な、お試しでもいいから俺と付き合ってくれよ」
「い、嫌です!!離して下さい!大声出しますよ!?」

徐々に距離を詰めて来る先輩から逃れようとしたが、両腕を掴み上げられとそのままフェンスに体を押さえつけられる形になった。
そしてゆっくりと先輩は顔を近づけて来た。

「梨紗ちゃん・・・」

―いや、やめて!!!!―




「その女性を離していただけませんか?」

先輩と私、二人しかいないと思っていたところに凛とした声が割って入ってきた。
恐怖と諦めから固く閉じていた目をゆっくりと開くと、先輩の後ろには予想もしていなかった人物がいた。

「日渡君?!」

先輩は私の手を掴むのをやめ、日渡君の方に振り返った。

「何だお前?」
「女性に手荒な真似は良くないと思いますよ」

淡々と、いつもの無表情を崩すこと無く日渡君は言った。ただいつもよりどこか視線が鋭く感じる。

「俺は梨紗ちゃんと話があるんだ。お前は梨紗ちゃんの何なんだ?関係ないならどっか行ってろ」
「ああ、僕は彼女の彼氏ですから」
「な・・・っ」

思いもかけない言葉に声が漏れそうになったところで日渡君と目が合い、慌てて口を塞いだ。彼の視線によると話を合わせろということらしい。

「うそ・・・だろ・・・本当なのか梨紗ちゃん?!」

先輩はそれまでの勢いをどうしてしまったのかとても不安な様子で私の訪ねた。

「は、はい・・・私が好きな人っていうのはその人なんです。だから、あなたとはお付き合い出来ません」

ここまで言えばさすがに先輩も諦めるだろう。案の定先輩は打ちひしがれた表情で地面を見つめている。

「じゃあ・・・さような・・・」
「この野郎!!!!!」

急いでこの場を後にしようと別れの言葉を告げようとした時、それまですっかり意気消沈していた先輩は突然顔を上げ日渡君の顔を殴りつけた。
殴られた衝撃で日渡君の体は横に倒れ、眼鏡は地面に落ちて割れてしまった。
そして先輩はそのまま走り去っていった。

「日渡君!!」

私は何も言わずただ殴られた頬を抑えて蹲る日渡君の元に駆け寄った。
俯き加減の顔を見るため覗きこんだが、相変わらず感情は読み取れない。

「大丈夫?!ちょっと見せて」

頬を抑える手を取ると、白い肌に一筋の血の筋が出来、そこから血が頬を伝って落ちていくところだった。

「痛そう・・・今処置するから待ってて」
「いや、大丈夫だ。問題無い」

日渡君はそう言うと再び頬を抑えて立ち上がろうとした。

「待ちなさい!」

私は立ち上がらせまいと、とっさに彼の腕を取り再びその場に座らせた。そして逃げないように彼の腕を掴んだまま鞄の中からハンカチとポーチを取りだした。
ポーチの中には普段から小さな消毒液と絆創膏を常備してある。それは私がよく何でも無いところで転んで傷を作っちゃうからなんだけど。

「もう、血を流しながら帰るつもり?」

ハンカチに消毒液を染み込ませ頬の傷に押し当てると、彼は少し顔をしかめた。普段は無表情な分、消毒液に痛がる仕草はちょっと可愛かった。
そして綺麗になった傷口に絆創膏を優しく貼りつける。

「はい、おしまい」
「・・・ありがとう」

そう言うと日渡君はゆっくりと立ち上がった。頬に貼られた絆創膏に触れ、少し恥ずかしそうな表情を浮かべている。

「もう・・・日渡君無茶しすぎ。何であんな嘘までついて・・・」

まさか日渡君が私の彼氏なんて・・・。
嘘であったとしてもこの人からそんな発言が飛び出すなんて信じられなかった。

「ていうか、あんな嘘はったりかましちゃって明日から学校中で噂になっちゃったらどうするのよー!私あなたのファンになんて言われるか・・・」

あんなことする先輩のことだから何しでかすか分からない。
まあ、でもプライド高そうだったから自分がフられたことを隠すために今日の事は無かったことにしちゃうかもだけど・・・。

「僕はそれでも良いけどね」
「・・・なっ・・・」

さらっと出てくる予想外の言葉。
驚いて日渡君を見上げると、私を見つめて優しく微笑んでいた。
そんな酷く優しい表情の日渡君なんてこれまで一度も見たこと無くて、不覚にも胸を駆け巡るのはときめきに似た感覚。

「送るよ原田さん、もう遅いからね」





夕焼けに染まる通りを日渡君と並んで帰る。
正確に言うと私が半歩後ろをついて歩くっていう感じ。
校門を出てから私達の間には一切会話は無い。ただただ気まずい・・・。
自分から話しかければ良いんだろうけど、
さっき日渡君にときめいてしまった自分が悔しくて・・・。
私が好きなのはダークさんだけなのに。
何で私こんな人にときめいちゃってんのよ・・・。
日渡君はただのキザな鉄仮面じゃない。
そんな鉄仮面が今日は王子様のように見えて・・・あんな優しく微笑むなんてずるい、ずるいよ日渡君・・・。

そんなことをぐるぐる考えているうちに私の家の前に着いた。

「じゃあ、また明日」

日渡君はまたいつもの無表情のままそう言うと、自分の家の方向に向かって歩き出そうとした。
結局心の整理が着かないまま家に着いてしまったけれど、私日渡君に伝えてないことがある。ちゃんとこれだけは目を見て伝えなくちゃ・・・。

「日渡君!」

長く伸びた影を携えて歩く背中に声をかけると、彼はゆっくりとこちらに振り返った。

「今日は・・・助けてくれてありがとう」

本当に怖かった。告白の相手にあんなに強引に迫られることは初めてでどうして良いか分からなかった。日渡君が居なければどうなっていたのか、想像したくもないくらいだ。
普段は無表情でそっけない日渡君が、私を助けるために体を張ってくれたこと本当はすごく嬉しかったんだ。今は恥ずかしいからはっきり言わないけどね。

「どういたしまして」

夕焼けの中に溶けていきそうな程柔らかな笑顔。
その瞬間、私は鉄仮面の下に本物の王子様を見つけた気がした。




鉄仮面の王子様


2012.8.19
2012.8.31 加筆修正

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