novel

□偽装彼氏に恋をする
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あの事件から数日が経った。
結局あの先輩はやはり自分のプライドが大事だったのか、私にフられた話はもちろん、日渡君の“あの”発言の内容も言いふらさなかったようだ。
もっとも今では別の女の子と付き合い、私の有りもしない噂を流しているらしいが・・・まあそんなことは良くあることだし、時が経れば収まることだからと全く気にも留めていない。

あの日からずっと気に留めていることと言えば、私の目線の先にいる彼のこと。
あの日以来、気まずくてずっと日渡君を避けている。

『ああ、僕は彼女の彼氏ですから』

まさかあのクールな彼が私を守るためにあんなことを言うなんて信じられなかった。
そして、不覚にも、不覚にも、ときめいてしまったあの笑顔。
その感覚は、初めてダークさんをテレビの画面越しに見た時と似ていた。
日渡君なんてただのキザなクラスメートじゃない。いっつも無表情で何考えてるか分かんない。そんな奴にどうして私は・・・。

そんなことを考えつつずっと彼を見つめていると、私の視線に気付いたのか彼はこちらに目線をよこした。
そして私の目線を捉えた時、彼の表情が少し和らいだ気がして…、
私は何故か顔が熱くなるのを感じ、急いで教室を後にした。

―・・・もう、どうしちゃったのよ私!―

あの日から毎日のようにこんなことを繰り返している。これって、まるで・・・。
















次の日、いつものように登校し、下駄箱をあけるとそこには二つ折りになった手紙が入っていた。

『今日の放課後、2年B組の教室でお待ちしてます。』

縦線の入ったシンプルな便箋に、中学生らしくない綺麗で大人びた字でこう書かれていた。

―綺麗な字…どんな人なんだろう…―

まあ結果は変わらないんだけどね。
でも、普段貰う手紙とは違う文字の丁寧さや言葉使いに、私は不思議な感覚を覚えると同時に、今日の放課後が少し楽しみに思えた。






放課後の教室は昼間の騒がしさが嘘だったかのように落ち着いていた。
あーあ、今日も日渡君のこと妙に意識しちゃったなー…なんて。
今日なんて珍しく眼鏡を外しちゃってたもんだから、無意識のうちに彼の顔を食い入るように見つめてしまった。
やっぱり日渡君はかっこいい…悔しいけど。
これまでは彼の顔見たり話たりしたって何とも無かったのに、何なんだろこの落ち付かない気持ちは。
これから誰かから告白されるっていうのに…。
すごく字も綺麗で丁寧だったから、きっとこの前の先輩とは違って紳士的で優しい人なんだろうなーとか考えつつも頭の中に浮かんでくるのはあの鉄仮面…。


その時教室の扉がガラリと開いた。そこにいたのは、

「ひ、日渡君!?」

まさかの今しがた思い浮かべていた人。
私はまともに彼の顔を見ることが出来なくて、熱くなる頬を隠そうと少し俯いた。

「ど、どうしたの?わ、忘れ物?」

やばい…このタイミングで手紙の相手が来ちゃったらどうしよう。日渡君には早く帰ってもらわないと…。

「忘れ物じゃないよ」
「…え…?」

意外な言葉に顔を上げると、先程まで扉のとこに居た筈の彼はもう私のすぐ目の前にいた。

「あの手紙、書いたの僕なんだ」

私の胸の鼓動は徐々に強さと速さを増して行く。もう側にいる彼に聞こえちゃうんじゃないかってくらい。
彼の言葉、
それってまさか―

「僕を君の偽装彼氏にしてみないか?」

「…は…?!ぎ、偽装?!」

全くもって想定外の言葉に緊張の糸が切れて、大きく溜め息をついてしまう。
そんな風に告白されたことなんて人生で初めてよ。
ちょっと期待しちゃった私のドキドキ返してよ!!

…期待…?何に…何に期待したの私は…?

「私のことからかってるの?!私がいつまでもダークさん追いかけてるのが惨めだと思ったんでしょ」

やっと話せたというのに、この人の前ではどうも可愛くなれなくてつい悪態をついてしまう。
素直じゃない自分に恥ずかしさを覚え、私は日渡君に背を向けた。
本当は、本当はそんなことが言いたいんじゃない…でもどうすれば良いか分からない…。

「君がダークのことを想っているのは知ってるよ」

今彼がどんな表情をしているか、振り返って見る勇気は無い。
でも声で何となく分かる、きっとちょっと悲しそうな表情してるんだって。

「でもダークはいつも君の側にいるわけでは無い。君はいつもすぐに無茶して危険な目に合うのに…」

心臓の鼓動は更に速くなり、今にも飛び出しそう…。

「だから君がダークと付き合うまでの間、僕が君を守るよ、原田さん」

高鳴る胸を押さえ、私は彼の方に振り返った。

先程彼の声から連想した悲しげな表情は其処には無く、あるのは優しく細めた蒼い瞳と柔らかな微笑み。
あの日別れ際に見つけた、夕焼けに溶けて行きそうなあの笑顔と同じ。私がずっとずっと忘れられ無かったあの笑顔。

暮れなずむ教室で再び見つけた鉄仮面の下の王子様。
再び会えるなんてこれは運命なのかしら…?
この運命、信じちゃっていい…?

そして私はその運命に溺れるように、



王子様に恋をした。






偽装彼氏に恋をする


お題 確かに恋だった


2012.8.31

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