短編

□月夜に見る夢
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花びら舞う桜の木の下。
誰かが立っている。
女の子だ。
こちらを振り向いた。

「――っ」

今はもう使わない俺の名前を笑顔で呼んだ。
春風が強く吹いた。
桜の枝と彼女の髪が揺れた。

「またここで一緒に桜を見ようね」

…そうだな。
もう一度。お前と一緒に桜を見たかったよ――。


★★★


周桜は目を覚ました。

「…夢、か…」

ゆるゆると起き上がる。

外がやけに明るい。
…そういえば今日は十五夜か。

二人分の寝息が聞こえた。遠威と久苑のものだ。

起こさないように、そっと戸を開けて、周桜は外へ出た。


★★★


満月が照らす。
周桜は壁に寄り掛かり、座り込んだ。

息をつく。
こう見ると綺麗なもんだな。
ふと、夢に出てきた少女を思い出した。
――あいつ、笑ってた。
夢に出てくる時のあの子はいつも笑っていた。

周桜はいつも首にかけているものを取り出した。
雫形の『ぎやまん』。
あの子の唯一の形見。
それは月の光を反射し、周桜の顔を映した。
少しの間眺めると、それを握りしめた。
…忘れるな。あの日だけは絶対に。
戸が開く音がした。

「あれ、何してんの」
「…お前こそどうした」

遠威だった。

「いや、その…厠?」
「嘘だろ」
「あ、やっぱバレた?」
「誰でもわかる」
「ちぇ」

遠威も周桜の隣に座り込んだ。

「何、あの子のこと考えてた訳?」
「……」

周桜は無言でそっぽを向いた。

「お前もわかりやすいな」

遠威が笑いながら言った。

「…うるさい。そう言うお前は悪夢でも見たか。怖くて赤くてぐちゃぐちゃでどろどろの気持ち悪い奴」
「…何でわかった」
「わかるさ。お人よしなお前のことだし」

そこで周桜は息をつく。

「…俺もたまに見るからな」
「……」

忘れようとしても忘れられない。
忘れちゃいけないから。
戸が再度開いた。

「あ…良かった」

久苑はこちらの姿を見るなりその場にへたりこんだ。

「どうした?」
「怖い夢見て、目が覚めた時、誰もいなかったからすっごく怖くなって…」
「…大丈夫だって。無断で遠くに行ったりはしないから」
「…良かった。――月、綺麗だね」
「今夜は満月だからな」
「…中入るか。寒くなってきたし、夜外にいるとろくなことないから」
「そうだな。ほら立て久苑」
「あ、うん」

三人はまた中へ入って眠りにつく。



今度は。今度も。
いい夢見れますように。




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