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□たいせつなもの
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家に来たときは無言で
目も合わせてくれなくて
自分で適当に手当てした怪我を丁寧にやり直してくれて。
(…これはかなり怒ってるな)
呼び掛けてもほとんど反応を返さず、淡々と作業をする冬樹くんに内心相当焦っていた。
彼が怒る要素は揃っている。
相打ちしか道が無いとわかっていながら敵と闘っていた事。
それを誰にも相談せず一人でやっていた事。
そしてそれを隠しておく気でいた事。
(クルルのやつ…)
冬樹くんにあの闘いの事をしゃべったのは、恐らく…いや、100%クルルだ。
あの出来事の真相を知っているのは俺達二人だけだったはずだから。
(自分がたしなめるより、冬樹くんのが効果的ってことかな)
オカルト好きな冬樹くんが、あの不思議な現象のことを調べないわけがない。
きっとクルルにも尋ねただろう。
そこで包み隠さず話したに違いない。
クルルも珍しく怒っていたようだが、クルルの怒りぐらいなら俺はあっさり流してしまえるから、冬樹くんに白羽の矢が立った。
だとしたらビンゴだ。
無表情で全くしゃべらない冬樹くんに俺は相当参っていた。
(どうしたもんか)
とりあえず何か話さないと、この状態から抜け出せないよな
「あの、冬樹くん?」
恐る恐る何度めかの名前を呼ぶと、ふいと顔が上がって視線が合う。
初めはキッと寄せられた眉で睨んでいた瞳が、途端に大粒の涙を浮かべた。
「ふ、ふゆ」
「なんで、」
「え、」
「なんで、ひとりで…ッ」
「……ごめん」
目の前で震える小さな身体をぎゅぅっと抱きしめる。
それくらいしか今の俺には出来ないから。
「ふ、…ぅ…っ」
「ごめん、冬樹くん。ごめんな」
ごめんを繰り返しながら優しく背中を摩る。
ようやく鳴咽が落ち着いてきた冬樹くんは顔を上げて、赤くなった目で俺を見つめる。
「…自分勝手な考えだけどさ、俺一人の犠牲で地球を…大切な人達を救えるなら、って…思っちゃったんだよね」
「…そんなことして、なんになるんですか…」
犠牲になっていい命なんて無いのに…!
じわ、とまた溢れ出してきた涙を拭い取って頬に触れる。
「クルルが、気付いてくれなかったら…ホントに死んじゃってたかもしれないんですよ…?」
「…うん」
「そしたら、もう…会えなかったんですよ…?」
「…うん。だから今は、無事に帰れたことに感謝してるよ。こうして冬樹くんと一緒にいられるんだから」
薄く開いた唇に吸い付くとすぐに体を引かれ、ごまかさないでください…っ、と睨まれた。
「ごまかしてるわけじゃないよ。ちゃんと反省してるし、嬉しいんだ」
君とこうしていられることが。
全ての音が消えるという不可解な出来事の原因に気付いてしまった時。
頭に浮かんだのは、あの子が愛するこの世界を守らなければという思い。
自分が消えた後のことなんか考えていなかった。
「俺って馬鹿だな。恋人をこんなに泣かせるなんて」
「…ホントにそうですよ。…睦実さんのバカ」
「う…ごめんなさい」
ぽふん、と肩に預けられた頭に、少し許してくれたような気がして再び抱きしめた。
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