過去拍手文

□リボン(秋直)
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後片付けをしながら、直はうれしい気持ちを抑えきれずにソワソワしていた。
今日の午後は、この後秋山と映画に行く予定なのだ。
薄暗い映画館の中だと、いつもより自分から秋山に近づける気がして、直は映画に行くのが好きだった。

直の後姿を見つめていた秋山が、片づけを終えて振り向いた直を手招きした。
ソファに座った秋山の隣に腰を下ろすと、秋山が言った。

「後ろ、向いて」

素直に背を向けると、秋山のきれいな指が頬の横にきて、直の髪を掬った。
首筋を秋山の指がかすめて、トクンと心臓がはねる。

「髪、前にやって」

何だろう、と思いながらも直が髪を片側にまとめると、背中でシュッとリボンがほどける音がした。
今日の直の服は、前からつながったリボンを首の後ろで結ぶデザインだ。
ほどいたからといって、服が脱げるわけではないが、少しだけ、うなじと背中が広くのぞいた。

「あきやまさん?」

少しの間があって、うなじに温かい息を感じた。
続いてする柔らかい感触と温度。
秋山がうなじに口づけたのだとわかって、直の体温と脈拍が上昇する。

「あ・・・」

思わず漏れた声に、口づけたまま秋山がくすりと笑った。

「あ、あの、映画は・・・?」

直がうろたえて言うと、秋山がまたおかしそうに笑った。

「行くさ。リボンがほどけかかってたから、直してやろうと思っただけだ」

そういうと、滑らかな手つきでリボンを整える気配がした。

「ほら」

何もなかったように秋山が言う。

直は真っ赤になって振り向いた。

「秋山さん、ずるいです!」

「何が」

「そうやって、いっつも、私ばっかりドキドキさせて!」

恥ずかしさで潤んだ目で、上目づかいに睨んでくる直を見て、秋山が言った。

「おまえの方がずっとずるいだろ」

「どうしてですか?!」

心底驚いた直が抗議する。

「遅れるぞ」

相手をせずに秋山が言うと、直は慌てて用意をしに行った。

(おまえの方が、ずっとずるい)

あんなに綺麗なうなじを無防備に見せて、潤んだ目で上目遣いに見上げてきて、俺より映画の方がいいなんて。
直が喜ぶなら譲ってやるが、やっぱり少し悔しいような気がした。

映画館に着いて、暗いロビーを進む。
直が無邪気に体を寄せてくるのを感じて、秋山はため息をついた。
家を出る前に口づけた場所を優しく指で撫でながら、身をかがめて囁く。

「さっきのは、夜の予約だから」

一瞬きょとんとした直が、もう!またからかって!と小声で怒った。
ずるいです、映画に集中できなくなります、と赤くなってつぶやく直に、秋山がこれぐらいでちょうどいいんだ、と満足げに言った。

end
2010.05.16

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