過去拍手文
□スポットライト(秋直)
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『仕事が予定より長引きそうだ。
悪いが、だいぶ夜遅くなる。
今日は行けそうにない』
秋山から電話をもらった直は、一瞬沈黙した。
会いたい。
こんなに一緒にいてもらっているのに。
離れていると、会いたくてたまらない。
でも、すぐに秋山が疲れているだろうと心配になり、明るく言った。
「お仕事お疲れ様です。
大変ですね。帰ったらゆっくり休んでくださいね。」
『じゃあ』
「あ・・・あきやまさん。」
『何だ』
「大好きです」
電話の向こうで秋山が微かに笑ったような気配がした。
『早く寝ろよ』
直は切れてしまった電話を胸に押し当てる。
今、聞こえていた大好きな秋山の声を反芻する。
秋山さんが早く帰って休めるといい。
***********
予想通り、だいぶ遅くなった。
秋山は夜道を歩きながら直のことを考える。
行けなくなった、と言った時の直の一瞬の沈黙。
大好きです、という可愛らしい声。
思い出すと無意識に口元が緩む。
直はもう眠っただろうか。
ほとんど使ったことはないが、直の部屋の合鍵はだいぶ前からいつもポケットにある。
寝顔だけ見て、帰ることにしよう、と思った。
そして、そう思った自分に呆れる。
嘘吐きで表には出さないだけで、自分の方がよっぽど直に会いたがっている。
直の部屋のドアノブに手をやる。
まただ。直は鍵を閉め忘れている。
今度またしっかり言い聞かせなければ。
静かに部屋に入ると、部屋の奥からぼんやり明りが漏れていた。
淡い柔らかい色のパジャマを着た直は、ベッドの上にぺたんと座り、まるで絵本を眺める子供のように、雑誌をめくっていた。
ベッドサイドのランプに照らされた直の様子を、秋山はしばらく黙って眺めた。
愛しすぎると胸が苦しくなることをまた知らされる。
「直」
「秋山さん!!」
ベッドの上で振り向いた直は、ベッドから滑り降りて、秋山に駆け寄った。
勢いが余ってぶつかるように秋山の腕の中へ飛び込む。
秋山は苦笑しながら直を抱きしめた。
「まだ起きてたのか」
「なんだか、眠れなくて」
直は秋山の胸に顔をうずめて、安心しきったように満足げな息を吐いた。
少し腕をゆるめて顔を上げる。
「秋山さん」
「会いたかったです」
秋山は何も言わずにもう一度直を抱きしめた。
「私、今すごく幸せです」
もう夜もだいぶ更けている。
秋山は直をベッドに連れていくと、横になるように促した。
「おまえが眠ったら帰る」
「・・・帰っちゃうんですか」
「寝顔だけ見たら帰るつもりだったんだ」
「疲れてるのに、来てくださってありがとうございます」
寝顔だけ見るつもり、ということは、直にはわからないはずだったのに、それでも秋山の方が来たかったのだ、ということだが、直は気づいていない。
もう離れて暮らすのは限界だ。
どうあがいても自分は直を手放せない。
直が卒業したら。
いろいろときちんとして、ずっと一緒にいられるように考えよう。
眠くて熱くなった直の手をそっと指で撫でながら、秋山はようやく決意した。
***********
「昨日エリーさんから電話があったんですよ」
また、みんなで集まれるようにしてくださるんですって、と直が笑う。
あ、また事務局から電話です、と直が携帯電話にでた。
「はい、お待ちください」
「珍しいですよね。ヨコヤさんが、かわってくださいって」
秋山は不愉快そうに電話をかわった。
「何の用だ」
『秋山くん、お久しぶりです』
『実はお願いがありまして』
一応申し訳なさそうにヨコヤが続ける。
『神崎さんとのご結婚の際は、あらかじめエリーさんに知らせていただけないでしょうか』
『もし、神崎さんのウエディングドレスを選んだり、そういうことに関われなかった時のエリーさんの機嫌の悪さを考えると今から恐ろしくて』
『もうそう遠くないかと思うのですが』
「どうしてそう思う?」
『神崎さんとの電話の後、エリーさんがおっしゃっていたので』
秋山はため息を吐いた。
だからエリーは油断ならない。
直の話からだけでなんでもお見通しなんだな。
「どうせ筒抜けなんだろう」
『裏をかかれるとほんとに困るんですよ』
「約束はできないな」
秋山は電話を切った。
隣でなんのことだかわからずに首をかしげている直を見る。
きっと、騒がしいことになるに違いない。
うんざりするが、まあいい。
直が幸せなら、それで。
2010.06.01