宝もの

□まいご
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「…なんだそれは」

 トイレからやっと帰ってきた直の手の先にあるものを見て、秋山は眉をひそめた。

「えへへ…迷子です…」

 直の浮かべた笑顔に、秋山は盛大なため息をついた。



 休日の午後、直と秋山は大型ショッピングモールへ買い物に来ていた。
 どんなお店でも揃うという宣伝のこの大型施設は最近できたらしく(直情報)、右も左も老若男女でごったがえしていた。
 そもそも秋山は人ごみが苦手である。
 いきいきとお店を見て回る直の元気さを横目に少々げんなりしつつも、買い物に付き合っていた。

 お手洗いに行ってもいいですか?と直が言うので、秋山は大広場の目立つ所で待った。
 迷子にならないといいがという心配つきで。
 案の定かなりの時間がたっても帰ってくる気配がないので携帯電話を取り出そうとしたところ、秋山を呼ぶ声が聞こえたのだ。

 
 戻ってきた直を見て、秋山は冒頭の言葉をつぶやいた。
 
 
 直は幼い女の子と手を繋いでやって来た。
 今にも「ママぁ」とか言い出しそうな泣きべそをかいた顔。それでも直の手をしっかりと握っているところは、「迷子」の看板を掲げているようなものだ。

「この子、トイレの横で泣いていたんです。お母さんとはぐれちゃったって言うからしばらく一緒に待ってたんですけど、お母さんが現れなくって。ひとりにしておけないし、連れてきました」
 直の言葉に自分の境遇を思い出したのか、女の子は小さく泣き声を漏らし始めた。
 ごめんね、大丈夫だよ、と直が慰めにかかる。

 秋山は小さく息をつくと、直の隣に行って大きな背をかがめた。
 しゃがんで女の子の顔を見る。

「…名前は?」
「……え、えりか」
「えりかか。何歳?」
 えりかは右手を開いて秋山の顔の前におずおずと差し出した。5歳ということらしい。
「誰と来た?」
「…ママとおねえちゃん」
「そう」
 秋山はゆっくり立ち上がると、直に行くぞと言った。
「え?」
「センター。こんなに人がたくさんいるところで闇雲に探したって見つからないだろ」
 すたすたと歩き出した秋山を見て、直は女の子と一緒にあとを追いかけた。

 ショッピングモールの事務所に連れて行き、迷子のお知らせの放送を流してもらった。
 母親が来るまでの間、直の意向で秋山と2人、えりかについていることにした。
 えりかは涙も収まったようで、直と手を繋ぎながら、座っている秋山の顔を見上げる。
「これ、なあに?」
 秋山のピアスを指差してえりかが言った。
「これは、ピアスって言うんだ」
 秋山がピアスを長い指でいじりながら言う。えりかは小さく口を開けてみていたが、にこっと笑顔になった。
「きれい」
「…そう。でも、お前にはまだ早いよ」
 くしゃくしゃと秋山が頭を撫でると、えりかは嬉しそうに笑った。

 程なくしてえりかの母親があわてた様子で駆けつけた。
 直と秋山に何度も何度も頭を下げる。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ばいばい」
 母親に連れられたえりかは、そう言って手を振って行った。

 
 家への帰り道、直は小さく感嘆の息をついて秋山を見上げた。
「びっくりしました。秋山さんって、小さい子の扱いがうまいんですね」
 ちらりと直を見ると、秋山はこともなげに言った。
「…まあ、いつも相手してるようなものだからな」
「…なんですか。それって、あたしのことですかぁ?」
 ひどいですよー、と直が抗議の声を上げる。
 ぷうと頬を膨らませている直だったが、やがて小さく微笑んだ。
「…いいですねえ。子ども」
「そう」
「秋山さん、あたしも子どもほしいです!」
 そう笑顔で秋山に言うと、女の子がいいかなぁ、あ、でも、秋山さんに似た男の子もいいな、と、直は1人で楽しそうにつぶやきだした。
 秋山はそんな直を見て、ため息をつく。どこまで本気で言っているのやら。
「…それで、俺は子守が2人分に増えるわけだな」
 直は秋山の台詞を聞いてしばし考えたあと、ひどいですよー!とまたもや抗議の声を上げる。
 
 秋山は小さく笑った。

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