宝もの

□オオカミは誰だ!
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『オオカミは誰だ!』

白のブラウスに赤いスカートと帽子。
髪は耳の下で2つに纏める。
ささやかな花束と手作りのお菓子。
それらを籠に詰め、直は家を出た。
目指すはお父さんの病室だ。

家を出て数分。
しばらく『テナント募集』の張り紙がしてあったビルの前で立ち止まった。
「わぁ」
直は歓喜の声を上げる。
どうやら、新しい雑貨屋が入ったようで、小さなガラス細工や花柄の小物がショーウィンドウに並んでいる。
「少しだけなら・・・」
今日は学校も休みで、特に予定が入っているわけでもない。
気ままに朝から簡単なケーキを焼いて、どうせならと父の見舞いを思い立っただけ。
正面の扉に手をかけると、ドアベルがちりんと小気味よく鳴った。
「いらっしゃいませ」
店内には淡い色合いの小物が所狭しと並んでいる。
見ると、小物だけではなく、外国のお菓子やワインなんかも置いていた。
「これ・・・」
直はその中に、ほっそりとしたきれいな色のビンを見つけた。
ほかのワインより少し小ぶりで、ラベルには『Sparkling』とある。
値段も手ごろで、直はそれを購入して店を出た。

「ナオちゃん」
店を出て数歩歩いたところで呼び止められ、きょろきょろと辺りを見回すと、遠くに見慣れた豹柄のジャケット。
「エトウさんっ」
「こんなところで何やってんの?」
「お父さんのお見舞いに行こうかと・・・でも、もうすぐお昼ですよね・・・」
腕時計に目をやると、時刻は11時半を過ぎている。
施設につくころにはちょうど昼食時間だ。
エトウは目を光らせる。
「ナオちゃんさ、今日ひとり?」
「そうですけど・・・」
「だったらさ、俺と昼行かない?」
断る理由も見つからず、直はエトウに連れられ、近くのカフェに入った。
「あれ?ぐうぜぇん」
窓際の席で手を上げたのはヒロミだった。
隣でエトウが舌打ちしたが、当然、直の耳には届いてない。
「こっちおいでよ」
などと言われ、結局その日のランチは3人ですることになった。
直の分は自分が持つという約束を撤回するわけにも行かず、そうなるとヒロミの分も払わないわけにも行かず、エトウは3人分の食事代を払ってとぼとぼと帰っていった。
仕事に戻るというヒロミともわかれ、また直は父の元へと歩き出した。

それからものの5分ほどして、今度は小さな書店から出てきたオオノと鉢合わせた。
「あれ?ナオちゃん、どこか行くの?」
行く方向が(本当かどうかは定かじゃないが)一緒だと言うので、直はオオノの隣を歩いて進んだ。
本当に他愛もない話をしながら、オオノの話に耳を傾けていた。
不運なのはオオノか、それとも直か。
あと少しで施設に着くというところで、若い大学生くらいの男2人連れに出くわした。
「へぇ、カワイイじゃん」
「こんなちっちゃいキノコ頭ほっといてさぁ、俺らと遊ぼうよ」
明らかに軽そうな男たちは直の顔をじろじろと見つめる。
咄嗟にオオノの方を見たが、案の定、手も口も出せずに目が泳いでいた。
「用事があるんです。通してくださいっ」
直の怖いながらも反発した声に、男たちはヒュッと口笛を吹いた。
「いいじゃん、ちょっとくらいさぁ」
頑なに首を振りながら後ずさる直に、男の一人がさっと手を伸ばす。
逃げ切れずに、直はぎゅっと目を閉じた。
「やだ・・・・・やめっ・・・・・・」
「ぅわっ・・・」
強く引っ張られたかと思うと、鈍い音と共に、腕が軽くなる。
そっと目を開けると、腕をつかんでいた男は地面に倒れ、もう一人は腕をひねり上げられている。
「秋山さんっ」
腕をひねり上げていたのは紛れもなく秋山で、直は目を丸くさせる。
その間に、どうにか秋山の腕を振りほどいて、2人は走り去った。
「ありがとうございます」
「あ・・・僕・・・あっちだから・・・・・・じゃあっ」
直が秋山にかけよるなり、オオノはもごもごと言って立ち去った。

「そういえば。秋山さん、どうしてここに?」
直は隣で秋山を見上げた。
結局、施設までは秋山と行くことになり、道中、偶然にもエトウやヒロミにも会ったことを話した。
「部屋に行ったらいなかったからな。見舞いだろうと思って」
「何か御用事ですか?」
「いや、これもらったから・・・」
秋山が差し出した袋には保温用のシルバーのシートの包みがひとつ。
「自分じゃわざわざ食べないからな」
そっと包みを開くと、何種類かのチーズ。
「いいんですか?もらっちゃって」
「ああ」
もらった包みを籠に入れようとして、ふと、最初に入った雑貨屋で購入したビンに触れた。
「でも、今日は秋山さんのところに行こうと思ってたんですよ」
「何で・・・」
聞かれて直はそのビンを取り出した。
「秋山さんに飲んでもらおうと思って」
「スパークリングワイン?」
小さな花の細工が施されたビンには赤い葡萄が描かれたラベルが貼ってある。
「それ、ロゼのスパークリングワインだそうです。珍しくって。私、このチーズで何か作りますから、今日は秋山さんのところにお邪魔してもいいですか?」
「ああ」
そう言って秋山は立ち止まる。
「秋山さん?」
「それはそうと、お前、いつか食われるぞ」
直はきょとんと秋山を見上げる。
「何にですか?」
「近頃オオカミが多いみたいだからな」
そう言われて、直は別れ際にヒロミに言われたことを思い出した。


「今日のナオちゃん、赤ずきんちゃんみたいだね」
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