※男→古気味男古
したりないキスに振り回される馬鹿な牡みたいに、泣けないオレを嘲笑えばいい。
欲しいのは「ママの愛」でも、「甘いお菓子」でもなく、果てしなく哀れな激情と焦燥。
「キス…、したい」
この年では薄気味悪い程のガキみたいな舌っ足らずに、古市は少しだけ眉尻を下げて、困ったみたいな、寂しいみたいな、複雑な顔をして微笑った。ゆっくり、じんわり、沈むみたいなキスをした。唇と唇が引っ付くだけのキスをした。
「、柔らかい」
古市はオレが何をしたってデリカシー云々なんて薄っぺらな文句で怒ったりしない。ただじっと濡れた瞳でオレを見る。視線を絡ませたまま、もう一回、二回、三回、キスを重ねる。舌先に淡い苦味が染みる。
「苦い…、リップ?」
返答するわけでも、頷くわけでもなく、古市は唇だけで微笑って答える。無性に寂しくなる顔でオレを見つめたままだから、やっぱり重ねてキスをした。有り得ない位に優しく、でも我慢出来なくて舌を絡ませてみたりする。唇に触れた時に感じた苦味は甘い香りに紛れて舌に溶け出したのか、舌自体は苦くない。寧ろ、
「舌、甘い」
淡い微笑みの寂しさに、薄い唇の苦味に、甘い香りに侵された舌先と霧散する意味を成さない言葉の群れが墜ちていく。もう一度、キスをする。
「柔らかい」
確かめるみたいに何度だって重ねて、甘えて、キスをする。サカってるみたいで少し嫌気もするけれど、古市がオレだけのモノだと思えるから、思い込めるから、止められない。
「あったかい」
抱き締めて、キスをして、何だか泣き縋りたい衝動に駆られて、惨めな吐息が洩れる。古市は何も言わないし、何もしない。ただ抱き締めさせてキスさせて、好きにさせて、ソレをじっと見つめてるだけだ。
「古市、」
名前を呼べば、揺らぐ眼が煌々してる。ずっとずっと好きなんだ。この男を愛してるんだ。ずっとずっと昔から、そして、これから先も。
大人になりたくない、だなんて思ったことはなかった。ガキのオレは、もっとずっと早く大きくなってお前をオレのモノにしたかったんだ。永遠なんてモノはないだとか、人を愛することは難しいだとか、そんなワガママな哲学なんかどうでもよかった。そんな紙上の理論は、この男を愛することには全く影響がなくて、寧ろ他人の意見も主張も存在も全部なくしてしまいたかった。影響がない環境が不愉快だから、夢みたいに自由で穏やかな二人だけの世界への希望を絶望で染め上げたい。他人と同じは嫌過ぎて、そんな机上の異常で、お前を愛してたんだ。
「好きだ」
ガキの戯れ言なんかじゃなくて、誰にだって胸を張って言えるくらいに、世界の全てに誓えるくらいに、この男を愛するなんて在り来たりで現実的な願望のはずだったんだ。
「好き。なんか、ぎゅってしたい」
抱き締めた身体は小刻みに震えている。何故終わらない妄執、なんて下らない癇性、泣けもしない幽愁を泥だらけの靴で踏みにじってしまいたい。
「好き、好き…、好き」
好きなんて言葉、世界になければ良かったのに、とは思わないか。そうしたら、こんなに簡単には伝わらない愛の安さに足掻いて、今よりたくさんのキスをしたかもしれないだろ。
「男鹿、」
泪してるみたいに震える身体とは対照的に凛と響いた、囁きと共に、オレを置き去りにして夢から醒めるつもりなのか、少し見上げ気味に眼差される。普段ならば置いてけぼりなんて気分が悪いとしか思えないんだけど、今はソレでもいいと思える。永遠に夢から目覚めないオレを忘れて生きられるようなお前じゃないもんな。そう考えれば置いてけぼりも悪くない。
「…、もう」
全部が煌々の愛すべき男は現実を生きることへ向かい出している。大人って何だ。愛すことにさえ、ガキやら大人やらが必要になるらしい。でも、オレにはそんなことを決断する理由も意思も、精神も、感傷もなくて、
嗚呼、続きは明日また聞くから、今はただ、手を繋いで眠ろうか