「おはよう、男鹿。何でいんの?お前泊まったっけ?」


頭がすっきりしているのに、何だか気怠いような目覚めに不思議な浮遊感を感じながら、伸びをすれば、隣に男鹿がいた。否、隣では語弊がある。まるで看病でもしていたようにベッドの端に座り、上半身だけをうつ伏せて寝ていた。そんな男鹿に覚えがなく、首を傾げるが昨日が全く思い出せない。


「古市、「また」覚えてないのか?」
「え、あぁ…、うん。ごめん」


寝ていた、と思っていたら突然話しかけてきた男鹿に意外と寝起き良いんだな、等と関係のないことを考えながら謝ってみた。何も覚えていないんだから、どうしていいのかわからずに、とりあえず、といった調子で謝ったオレをじっと見詰める男鹿に居心地が悪くなる。


「戦績は?」
「っ、…お前、何言ってんだ?」
「?、戦績だよ。お前が勝ってたのに忘れてるから、そんな変なんだろ?悪かったって」


男鹿とオレだ。どうせゲームでもしていたのだろう、それをオレが覚えていないから男鹿は変な態度なのだ。おそらく昨日をすっかり忘れるくらいにはボロ負けしたのだろう、と当たりをつければ、男鹿は更に困ったような怒ったような、泣き出しそうな表情になって思わずたじろぐ。
暫し、そのまま見詰めあっていると、古市、といつも通りに名前を呼ばれた。いつも通り、だけど声が厭に優しくて、どうしようもなく落ち着かなくなった。


「古市、おはよう」
「…ん、おはよう?」


何でもねぇよ、と微笑った男鹿は見慣れた悪魔みたいな笑顔じゃなくて、壊れモノを扱うみたいな微笑顔で、どうしていいかわからなくて、何で昨日のことくらい覚えていられなかったんだ、と昨日の自分が嫌になった。


「昨日も「いつも通り」だった。だから、別に何でもねぇんだ」
「…、おう」


後悔したって全く思い出せない昨日を、オレはどうしたらいいのだろう。切ないような思いで、悲しそうな男鹿を見詰め返すことしか出来なかった。









その日から一週間くらい、同じ夢を見た。


貧弱そうな痩身の男が偉そうに、じゃぁ、跪いてみせて、なんて言う周囲では、暴力の跡が酷くて紅い絨毯みたいになっていて、そんな男が発した言葉に男鹿みたいに屈強そうな男たちが跪く。脆弱そうな男がまるで彼等の「神様」みたいに君臨していて、その男以外はみんな奴隷みたいに跪いている、そんな夢を視た。
 
きっと今週は珍しく男鹿が喧嘩ばかりしているから、こんな夢を視ているに違いない。男鹿は今週、珍しく遠出をしていた。どっかの不良校が石矢魔の誰かに果たし状を出そうとしたから、らしい。他人の為に頑張らない奴とは思わないが、基本的に自分中心に物事を考える男鹿にしては珍しい。正義とか、友情とか、そんな一般的な感情に目覚めたのだろうか。

男鹿は思い付きで行動したりするから、魔王対策か何かのつもりなのかもしれない。その問題を片付けたら、また普段の男鹿に戻ったんだし、そんな感じだったのだろう。



まぁ、何でもいいさ。男鹿は負けたりしないだろうし、喧嘩なんてオレには関係のない世界の話だ。









とく、とく
トク、トク


トク、トク、





















 

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