※幼年期捏造
 軽病み+怪我描写有














好きな奴の笑顔が嫌いな人間なんてそういやしない。かくいうオレもそうだ。土下座が得意な親父も口煩いお袋も喧嘩っ早い姉貴も皆面倒だけど、やっぱり家族で、笑っていてくれたら少なからずは嬉しいと思ったもんだ。

世界に三人分の笑顔はガキながらにしてオレが守っていくものだ、と思っていた。たった三人。それでもガキの腕には精一杯の三人は、あの日たった一人のものになった。









古市貴之は「良い子」だった。

大人に限れば誰もが羨む良い子が、古市貴之という少年だった。女のように色白でひょろりと細く、整った顔に始終浮かぶ淡い微笑みは所謂天使というヤツだ。そして、賢く物分かりが良い上に器用で何でも一人でやり、しかもどの分野においても並以上の結果を出す。勉強は抜きん出て良かったし、運動も相当出来るから団体から浮いたりしない。そう、団体から浮かない愛想の良さまである他人に気を遣う性質の人間で、それも押し付けがましくない。理想的な好青年が、古市貴之だったのだ。

あえて難を言うならば少年のくせに些か老成していて青年っぽくあるところだ。出来る奴とは、どうしたって羨望と共に妬まれるもので、そういった点から影でゴチャゴチャと言う奴もいないわけではなかったが、そういう馬鹿馬鹿しい奴等を古市が気にする必要はないのだ。全くない。



オレは気にするケド。



それはもう、家族が驚く位には気にしまくっていた。古市を守ることに関しての熱の入れ様に家族は勿論、オレ自身驚いていた。元々他人に興味を抱くことが稀なのだ。しかし、古市だけは別だった。

理由は二つ。

オレが古市を好きだから。これは最も大きな、そして、今更で絶対的な理由だ。オレは嫌いなら面倒だから付き合わない性質の人間だし、その大好きな古市の親御さんにも頼まれているから、俄然やる気を出していたのは否定出来ない。子どもが何かを守りたいと思う理由に好きという感情は当然付き物だからこそ、絶対的な理由だった。

ただ、もう一つの理由が問題だった。


「もう、いーい?」
「…、かくれんぼしてんじゃねぇんだぞ」
「ん、じゃ、もういいんだ?」
「まだ開けんな…、もう二十数えてろ」

 
古市は一つ頷いて、生真面目にいーっち、なんて声に出して数え始めた。それを確認してからオレはまた拳に力を込める。既に怯え震えている敵にトドメをさす為に、ただ無感動に拳を振り上げた。


「ーっい、ごー…」
「もう、いいぞ」


数を数えていた声が止み、ゆっくりと目蓋が持ち上がり、きらきらした瞳が覗く。うん、今日も可愛いぞ、古市。場違いにもオレは素直に思い、頷いた。そんなオレを古市は不思議そうに眺めてから、首を僅かに傾げて見せた。


「終わった?」
「おう、帰るぞ」


うん、と古市は頷いて、投げ出されていたランドセルを拾った。少しだけ汚れてしまったランドセルをハンカチで拭いて背負う古市を見ていたら、罪悪感がじわじわと湧いてくる。


「もう少し、」
「なぁに?」


喉が厭に渇いて痛かったが、古市が何の負の感情もない真っ直ぐな眼でオレを見つめていたから、ただ胸を張って、不遜な態度のまま言ってやった。


「次は、もう少し早く助けに来るから」


綺麗な古市には何の縁もないようなこんな所に連れ込まれたりしないように、ランドセルに傷も汚れも増やさないように、何より古市が敵意に傷付けられたりしないように、「次」なんて絶対に起こさせないように、と誓った。同じように真っ直ぐに見つめ返せば、古市は、出逢った時と全く変わらない天使みたいな笑顔をオレに向けた。


「うん、男鹿はオレのヒーローだからね」


世界の何処にでも当たり前に存在する穢れの一つですらわからないというような笑顔はキレイだった。真っ白だった。大好きだった。それでも綺麗だと思えば思う程、オレは惨めになった。





古市は「暴力」が理解出来なかった。



あの頃の古市は暴力が嫌いな少年と言うよりも、まず、「暴力」というものを理解出来ない生物だった。

「暴力」が理解出来ない生物にとって、暴力で構成されている生物は必要なのかどうか、そんな疑問が当時のオレの全てだった。











「男鹿、もういいよ。大丈夫だよ」


古市は腕が痛い、とは言わなかった。改めて見ても真っ赤な痕が変色し始めているのが痛々しかった。それでも古市は自分の為に一生懸命になったオレの行動が嬉しいのだ、と言った。そんなことをしてくれるオレが好きなのだ、と言った。

今思えば、風呂場で行ったアレは、儀式だったのかもしれない。























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