何時だって困らせるのはオレの方だと思われている。一生治らない不治の病みたいに、一生オレがアイツを振り回す側なのだと思われている。


周囲の見解は間違いではない。
けして疲弊させたいわけではないが、振り回してオレだけのことを考えさせていたい、と思う。アイツにはオレだけしか見ることを許したくない。アイツにとってオレだけが傍に居ることを許される存在でありたい。
常にオレだけを必要としていてほしい。

そう思わせたのは、望ませたのは、狂わせたのは、アイツの方だから、オレの悪行は全て副作用にしか過ぎない。


病が進み過ぎて、病に呑み込まれない為の副作用に他ならない。















「男鹿、どうした?」


古市は何時だってそう言ってオレを甘やかすのだ。それを続けてもう直ぐ十年が経つ。依存するなと言う方が無理だ。
問えば答え、求めれば応え、それが日常になった。嫌なら逃げ出せばいいのに、それをしなかったのは古市だ。何だかんだ言いながら見捨てなかったのは古市だ。


「おい、男鹿ってば」


おぉい、なんて古典的な呼び掛けが何度か聞こえた後、軽く頭を叩かれた。さして痛くはない。不良に名を売りまくる学校に入学したとはいえ、そんな環境を全く望まない脆弱この上ない古市の細腕から生まれる力はその程度だ。聞いてねぇのか、と死んだ眼をして見下ろしてくるベッドの上の古市を見上げ、少しだけ笑いたくなった。死んだ眼に見える眼差しの中に、ただ淡く滲む温かさがオレをおかしくする。


「…、男鹿?」


男鹿辰巳、であることを誇ったことはない。オレに哲学をほざく頭なんてないが、自分の存在に愛着を持ったことは勿論、肯定したことすらない。そこに価値を見出すような必要性がなかった。悩むくらいなら思ったままに生きれば何時かどうにかなる、と思っていた。それだけだった。


「聞いてねぇのかよ、男鹿」


拗ねたような言い方も好きだなぁ、とかぼんやりと思った。
好きだ、とは言わない。好き、なんてモノがお前の他には世界中の何処にもないからだ。オレの好き、は古市の為にしかない。使い分けなければならない言葉ではないのだ。だから言わない。ただ、代わりに名前を呼ぶことにしている。
小さな棘、一生モノの呪文だ。


「…古市、苦しいんだ。助けろ」


抱き締めた身体は細くて、頼りなくて、温かい。


 
迷惑な不治の病の病原体は、コイツ以外には有り得ない。狂わせていたのは、お前。




感染者一名


ワクチン無し
特効薬無し
治療薬無し
治療法無し

感染領域
感染条件共に箱庭在住



感染者名





男鹿辰巳





















 

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