短編2

□だって可愛いから
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 幾多の苦難を乗り越え、大人になった。子どもだなんて言わせない。俺はみんなとは決定的に違うし、あの頃には戻れないんだ。

「つまり名前とヤったのか?」

 どうやら“大人になった”を脱童貞と捉えたらしい。酷い勘違いだ。ヨハンじゃなければ確実にラスオブネオスを食らわせてる。

「そっちの意味じゃねぇよ」
「ってことは、名前は処女か」
「お前もうアークティックに帰れ」

 真面目な顔をしているが、今ヨハンの頭の中はとんでもないことになってんだろうな。それ以前に人の彼女をエロ目線で見るなって話だが。
 けど、名前がイヤらしい妄想の餌食になってるかと思うと、腹が立つような興奮するような。ヨハンが考えてることを本人に直接伝えて、恥ずかしがる彼女を見ながら抜いて、ぶっかけたい。
 こんなこと言う自分に正直驚いている。今までセックスどころか、名前とのスキンシップは殆どなかったぐらいだ。俺はデュエルと食べることが第一だったし。ひょっとしたら、名前は物足りなかったのか。思い返せば、たまに甘えてきたり、もじもじしながら体をくっつけてくる時もあった。あのウブな名前が頑張ってたのに、それをスルーって酷い奴だな俺は。アイツのことだから「がっつき過ぎて十代に嫌われた」って落ち込んでたかもしれないのに。今度はちゃんとアイツの気持ちを汲んでやろう。彼氏として、名前が何を訴えてるのか気づいてやらなきゃな。
 気づいた上で無視して名前の反応を楽しもう。彼氏として。

***

「十代。お昼まだでしょ? 良かったら、これ食べて」
「へー旨そうじゃん。名前が作ったのか?」
「ち、違うよドローパン! 私が料理苦手なの知ってるくせに何でそんな意地悪言うの!?」

 名前の指は絆創膏だらけだった。弁当でも作ろうとしたものの、失敗したってところか。食堂から爆発音がしたり、妙に焦げ臭かったのも合点が行く。まさか、そんなベタな奴が今時いるとは。
 名前はどこか落ち着かない様子で、俺のことをチラチラ見てる。もし、手料理も振る舞えず、泣く泣くドローパンを渡すしかない自分を不甲斐なく思っているとしたら……可愛いなコイツ。レッド寮で飼うか。

「何だよソワソワして。トイレか?」
「女の子に何てこと言うのよ!」
「後ろ向いてるから早くしろよ」
「ここでさせる気!?」

 誰もそこまで言ってないだろ。まあ、したいなら止めねーけど。

「私の勘だけど、これはステーキパンよ! 栄養つけてね十代」
「おーサンキュ」

 名前はしたり顔で言うけど、自分のドロー運を忘れちまってるな。俺は、昔、魔法カードが手札に五枚揃って半泣きしてた名前をよく覚えてるぜ。
パックを買ってもデッキと合うカードが中々出なくて、ウンウン唸ってたのも記憶に新しい。それで小遣いが無くなって、デッキ強化もできず、デュエルではボコられるという悲惨なコンボが成立してたのも。

「あ……」
「すげー栄養たっぷりじゃん。サンキュー名前!」
「うわああああん!」

 大体予想はついてたが、ステーキどころか具なしパンだった。ちなみに残りの二つも同じだ。ある意味すげぇ。どんだけ運無いんだよ。名前には悪いが、腹がよじれそうだ。さっきの得意げな顔がまた腹筋にくる。可愛いすぎだろコイツ。

「泣くなよ。具なしパンも好きだぜ」
「ほんと?」
「おう。つーか嫌いな味ねぇな」
「……じゃあ食べてくれる?」

 名前の顔がパッと明るくなった。彼女の一挙一動が面白くて、見てて飽きない。だからイジリたくなっちまう。

「いや、腹減ってないからお前が全部食えよ」

 その後俺は、泣きベソをかきながらパンを頬張るハムスターもどきをじっと見ていた。やっぱ可愛いな名前って。
 

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