短編2

□おめでとう
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※長編番外編・夢主が2年の時の話

 8月31日。名前が憧憬を抱く、遊城十代の誕生日である。

「十代くんの誕生日プレゼント?」
「ええ。男の子って何が欲しいのかしら……」

 明日香はティーカップに口をつけた。緊張するとやはり喉が乾く。紅茶は少し、ぬるい。女は話が長いと文句を言ってるかのように。
 他人への贈り物は、頭を悩ませる人が多い。だからこそ明日香も名前に相談を持ちかけたのだろう。元々、友達という間柄を考えれば誕生日を祝うのも何らおかしくはない。ただ、彼女の場合他にも事情があるだけで。
 明日香は、兄や光の結社の件で十代に助けてもらった過去がある。要するに、プレゼントを贈り、世話になった十代に対し、ささやかなお礼をしたいのだ。ちなみにジュンコやももえには、まだ話していないらしい。本人曰わく、恥ずかしいからとのこと。何が、とは訊かなかった。そんな野暮な真似はしない。

「アイツ何が好きかよく分からないし、ここだと品物も限られてるし難しいわね」
「うーん。手作りのお菓子とかどう? 前に明日香から貰ったクッキー、凄く美味しかったよ」
「……そ、そんなのでいいのかしら?」 
「もちろん! 愛情が詰まってて素敵だと思うなぁ」

 十代ならどんなものでも喜ぶだろう。彼は人の気持ちをムゲにしないはず、と名前は信じきっていた。

 当日に備え、夏休みの期間中、明日香は調理室に籠もることが多くなった。せっかく作るのなら手を抜きたくない、と、彼女の真面目な人柄が伺える理由だった。いずれにしても、相手が十代とくれば力を入れざるを得ない。
 31日を目前に、彼女のファンクラブは一喜一憂していた。甘い香りが漂うたび、自分へくれるのでは、他の男へ渡すのでは、など学園のアイドルのお菓子を巡って、各々妄想を弾ませたとか。

「十代くんの好きなものか。私も知りたいなぁ」

 名前はずっと気になっていたことを呟く。悲しくも、デュエルぐらいしか思い浮かばないのが現状だ。十代と知り合いでもないのだから、当然だが。 

 赤、青、黄。今ではお馴染みの派手な制服が何度も横切る。廊下にはこれだけの人がいるにも関わらず、疑問に答えてくれる者はいない。立ち止まる者も。端から見れば十代と名前も、こうしてすれ違うだけの存在だと、皮肉だが彼女が一番理解していた。それゆえ、彼女は近づこうとせず、傍観者に徹する。名前から見た遊城十代は、太陽のように明るく前向きで、天賦の才と友に恵まれた、神に愛されし少年である。幸せそうな十代を遠くから見つめているだけで満足だった。
 そして、ふと、彼を目にした時の喜びは計り知れない。

「あ……」

 赤のジャケットが視界に飛び込んできた。これほど赤が似合う少年はただ一人。

「十代くん……!」

 名前は物陰にサッと隠れた。モジモジしながらも顔はだらしなく緩んでいるので、不審者にしか見えなかった。
 当の十代は肩を落としていた。珍しく沈んだ様子で、彼の吐くため息も重い。

「はあ。あのパック欲しかったなぁ……入荷まで一週間か」

 十代が指しているのは恐らく今日発売のパックだろう。便利かつ強力なカードが多いと前評判があったため、即座に売り切れてしまった。残りの一パックを手にしたのは偶然にも名前であり、本人はラッキーだ、くらいに捉えていたが、これはチャンスかもしれない。
 名前は深呼吸をし、十代の前に出た。

「じゅ、十代くん! 良かったら、これ、どうぞっ!」
「え、でも……って悪い、アンタ誰だっけ?」
「わ、私は通りすがりのモブです! パックなら二つ買ったから気にしないで!」
「本当に貰っていいのか?」
「勿論!」

 「私からの誕生日プレゼントです」とは口が裂けても言えなかった名前。見ず知らずの女に祝われても不気味でしかない。それはともかく、十代ならきっとカードたちを愛してくれると踏んだ上で譲った。

「ありがとな! すっげぇ嬉しい!」

 名前の手を握り、溢れんばかりの笑顔を見せる十代。その優しい微笑みも、彼女を癒やす体温も、この人が生まれてきてくれて良かったと思わせるには充分過ぎるほど温かかった。
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