短編2

□俺と彼女とバター犬
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 寮生活の難点は、ペットを飼えないことだと思う。ここは学校で遊びに来てる訳じゃないから、仕方がないのだけれど。それに、同室の場合は相手に迷惑がかかる。頭では分かっているものの、動物好きの私としては少し寂しかった。

「ファラオ、おいしい?」
 ミルクを舐めているファラオの背をそっと撫でた。柔らかくて安心する。この間嫌がる彼を無理やり洗ったから、ノミなどはいない。それを確認する為ではないが、またフワフワの毛に触れる。満更でもないのか、間延びした声が響く。
 実は、よくこうしてレッド寮の前でエサをあげたり、遊んだりするのだ。大徳寺先生亡き今、彼は寮長だけど、マスコット的存在でもある。本当に可愛い。

「名前ってファラオ好きだよなー」
「ファラオは勿論、動物そのものが好きなの」

 デュエルが終わったのか十代がこちらへ寄ってきた。そして、毛を掻き分けるようにファラオの体に手を埋める。少し粗雑な触り方は彼らしい。

「ブルー寮でも何か飼いたいな……犬とか」

 以前、剣山くんが「恐竜さんと一緒に暮らしたいドン!」と言っていた。翔くんは呆れながら「イエロー寮が潰れちゃうよ」と合いの手を入れていた。ジムとカレンみたいなケースは例外中の例外なので、気持ちは理解できる。

「よう。十代、名前。何してるんだ?」
「それがなヨハン、名前がバター犬を飼いたいって言い出して」
「そんなこと一言も言ってないよ!?」

 バター犬ってどっから出て来たんだ。最後に行くにつれて酷くなる伝言ゲームでも、ここまで嘘が独り歩きしないだろう。十代の超解釈についていけない。
 私は躍起になって誤解を解こうとするものの、なかなか上手くいかなくて。そうこうしている内に、ヨハンの顔つきが真面目なものへと変わる。

「いいんだ名前。何も言わなくても」
「いや、言わせてよ!? ここは言わなきゃいけない場面だよね!?」

ヨハンは“俺は全てを分かっている”という顔をするが、何も分かっちゃいない。ああ、どうしよう。変態のレッテルを張られたまま黙ってられるか。
 傍らで心配そうに鳴くファラオに癒される。このまま連れて帰りたいくらいだ。

「ファラオ、今日は私の部屋に泊まる?」
「ま、待て! 早まるな名前!」
「お袋さんが泣いてるぞ!」
「あんたら何を想像してんのよ!」

 この時私は、十代とヨハンのセクハラをキッカケに、卒業後絶対に可愛い犬を飼うと決意するのだった。
 そうして、一人暮らしと共に家族になった愛犬チーズ。生き物を相手に初めは苦労したが、その分愛情も深まっていった。今では目に入れても痛くないくらいに溺愛している。チーズはとてもいい子だ。
 だから、私の太ももをベロンベロンに舐めてたって気にならない。気にしちゃ駄目だ。

「わふん!」
「やっ、そんなに、舐めちゃ……!」

 うららかな朝。ザラザラした妙な感触に起きると、チーズが私の太ももに舌を這わしていた。最初は甘えん坊だなと、微笑ましく見守っていたけれども、一向に止めないので流石に焦り始めた。
 尚も止まない行為。頬が熱くなる。一年前の応酬を思い出したからだ。
 とにかく余裕がなく、近づく人影にも気づかなかった。

「すげーなお前の犬」
「十代! ど、どうして?」
「久しぶり。ちょっと用があってな」

 十代はいつも唐突だ。こんな状況でなければ会えて嬉しいのに、タイミングが悪い。恥ずかしさから赤面する私を見て、彼の口角が上がった気がした。
 十代は制止もせず、からかいもせず、ただ眺めているだけ。傍観者を気取る彼の態度が、羞恥を煽る。
 しばらくして、十代は懐からバターを取り出した。まさか、と思い、瞠目する。

「旅先でいいバターを貰ったから名前に塗りに来たんだ」
「何で!? パンに塗りなさいよ!」
「お前んち犬いるから、ちょうどいいかと思って」
「うちの子を何だと思ってるの!?」

 正直嫌な予感はしたが、やっぱりこういうオチなのか。ごめんねチーズ、私が不甲斐ないばかりに。
 その後、十代とお風呂に入った。お詫びのつもりか私の身体を綺麗に洗ってくれた。前戯を彷彿とさせるねちっこさと、いやらしい手つきで。
 私は細やかな抵抗として、十代の背中に爪を立てた。その報復が下腹部に襲いかかってくるのもすぐの話。
 

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