短編
□鎖骨に卵をぶつけ隊
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「待っていたわ。オースチン・オブライエン。貴方に頼みがあるの」
岸壁に見知らぬ女がいた。俺に頼みごとがあるとのことだが、それを聞く義理はない。
「ちょっと待ってよ。オースチン・オースチン」
「名前を二度繰り返すな。……用件があるなら手短に言え」
面倒だが、この手の女を無視すると後々厄介だ。
「卵まみれにしたい人がいるんだけど」
「順を追って話せ」
関わらなければ良かった。
それから、目の前の不審者はべらべらと喋り始めた。分かりづらいが、何とか要点をまとめた。
「つまり、お前はヨハン・アンデルセンが好きで、奴の鎖骨に卵をぶつけたい――ということか?」
目眩がする。俺は一体何を言っているんだ。そもそも、こいつの頭は大丈夫なのか。
「もうっ、そんな顔しないでよ。少女漫画でよくあるでしょ?すれ違いざまにアイスぶつけちゃうやつ。ごめんなさいって、ハンカチで拭ってそこから恋に」
「発展どころか、相手にとっては地獄への片道切符でしかないと思うが」
そう言えば、痴女は押し黙ってしまった。それにしても困ったものだ。共感できる要素が欠片もない。
そこまで考え、ある疑問がわいた。彼女は何故俺を当てにするのだろうか。気の毒ではあるが、さっさとヨハンに実行すればいいだけだ。
尋ねると、「だってオブライエンは傭兵だから」と返された。
「何でお前がそのことを知っている。それが今回の奇行と何の関係があるんだ」
「傭兵って、戦闘のプロフェッショナルじゃない?体も凄い鍛えているんだろうし、鎖骨にピンポイントで当てるぐらいわけないかと。だから、そのコツを教えてもらいたいなって」
しまいには「敵に見つからないようにダンボールで戦場を移動するのよね?憧れちゃうっ」などと、わけのわからないことを言い出した。勘違いにも程がある。
とりあえず俺に今できるのは一つ。
「帰れ」
追い払うことだ。
「み、見捨てないでっ」
ああ、うっとうしい。足にしがみつくのは、やめてくれ。
痴女とリアルファイトを繰り広げていると、二人の男がやってきた。保護者だろうか。
「オブライエン!レディは丁重に扱うべきだぜ」
「僕もジムに賛成だ」
男たちは、サウス校とイースト校のチャンピオンだった。人の気も知らずに、お人よしな奴らめ。
彼らを見るなり女は、礼を言った。
「Never mind.たまたま通りがかったら、惨めな姿の名前が目に入ったんだ」
「それに暇だったので」
ジムにアモン。わざわざ公言しなくても、いいだろうに。
「二人ともありがとう。で、貴方たち誰?」
カウンタートラップ発動。何て陰湿な女だ。そういえば、ダディが「日本の女には気をつけろ」と言っていた。何があった。
「落ち着けお前ら」
全員黙って俺についてこい。
ジムとアモンに、これまでのいきさつを説明した。ライフが減った。
「僕とジムが出した結論は卵がもったいない、かな」
「そうか」
至極まっとうではあるが、他に突っ込むところがあるんじゃないのか。
「じゃあ、カレンはどう思う?同性として意見を聞きたいんだけど」
名前はジムが背負っているワニに訊いた。メスだったのか、と感心していると突然カレンが震え出した。
「おや……?カレンのようすが……!」
「No!進化しちゃ駄目だカレン!」
「いい加減にしろ」
悪乗りも大概にしてほしいものだ。
「うぅ……」
名前は涙を流していた。あまりの急展開に俺はサレンダーしたくなった。それ以上泣くとミイラになるぞ。
「バグっちゃって、オカマサラタウンから出られなくなったことを思い出したの」
「リセットすればいいだろ」
まごうことなき馬鹿だ。バカのマエストロだ。
「さっきから気になっていたが、あれは」
視界に入る不自然な膨らみ。たけのこか、はたまたマンドラゴラか。意を決してそこを掘り返した。すると手と頭部が出てきた。
「な、何だこれは。早すぎた埋葬かっ!」
「いえ、これは」
アモンたちと引っ張り上げれば、正体が明らかになった。等身大の奇妙な人形だ。
「Wow!わらドール!」
「驚いた。わら人形を見るのは初めてだ」
ジムとアモンは興味津々のようだ。一方、挙動不審の名前。犯人はお前か。
「名前。どういうことだ」
「あたし裁縫苦手なの」
「そういう問題じゃない。それより、お前が作ったのか?生きる上で何の役にも立たないぞ」
名前はこいつでイメトレをしていたらしい。湿っていて気持ちが悪かった。ちなみにモデルはヨハンらしい。鎖骨が丁寧にも、マジックで書かれていた。
「一度だけだ。手本として、俺がその人形に卵をぶつける」
言いたいことは山ほどあるが、ひとまず堪えた。事態を収束するにはこれしかあるまい。
「やったー!ありがと、オ……オブブライエンって自己紹介の時、噛んで恥ずかしい経験したことない?」
「少なくとも今のお前みたいな目には、あったことないが」
時間の無駄だ。俺はヨハン(仮)を無理やり木に立たせた。ぐんにゃりと折れ曲がる足が不気味である。軟体動物みたいだ。
「オブライエンいきます!」
「おい、やめろ名前」
あとは投げるのみ。これで、全てが終わる。
「わぁ、すごいっ」
名前は感嘆の声を上げた。俺は確かな手ごたえを感じ、目標を達成したのだと悟る。
「ねぇ、ヨハンもそう思うでしょ?」
耳を疑った。実際そこにヨハンがいた。唖然として言葉を失っているようだ。無理もない。傍から見れば、俺の行動は常軌を逸している。
「オブライエン……俺で良ければ相談にのるぜ?」
奴の哀れむような目が忘れられなかった。