短編
□涙の契り
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眠っているヨハンの唇を盗んだ。
「何だよ名前。こんな夜中に」
「よばい、って言ったらどうする?」
私はヨハンの部屋に忍び込んだ。結局ヨハンを起こしたあげく気づかれてしまったが。
「大歓迎と言いたいところだけど、本当は何しに来たんだ?名前」
見破られた。ヨハンは鈍感なくせに、たまに鋭い。
「確認したかったの。ヨハンが、ちゃんといるかどうか」
脳裏をよぎるのは、あの忌々しい事件だ。アークティックにヨハンが行方不明との一報が入った時は、生きた心地がしなかった。
「ヨハンがここにいて、安心したわ。だから」
私なら大丈夫。もう決めたことだから。
「行ってきていいよ」
「……名前」
「行かなくちゃいけないんでしょ?」
ヨハンはここ最近誰かと頻繁に連絡を取っていた。最初は浮気を疑ったけど、彼の様子からそれは違うものだと悟る。
「大切な友達がいるんだ」
「うん」
「そいつを助けたい」
「……うん」
ヨハンは真情を吐露した。まっすぐな言葉が胸に響く。
他人のために、自ら犠牲になることも厭わない。嘘もつかなければ、ごまかすこともしない。ヨハンのそういうところ、好きだけど嫌いだった。でも、そんなヨハンだからこそ私は愛してるのだ。
「それにね、ヨハンは男の子だもん。いつか戦いに行く時が来るってずっと思ってた」
私はヨハンとは違う。非力な女でしかない。
「ヨハン?」
ヨハンは立ち上がるや否や何かを探し始めた。
「これ、名前にやる」
ヨハンに渡されたのは、ビーズリングだ。七色の飾り玉が綺麗だった。
「この色、あの子たちみたいね」
「だろ?」
ヨハンの家族でもある宝玉獣を思い出した。嬉しそうに笑う彼を見て、私の心も自然に温かくなる。
「ありがとうヨハン。大切にするね」
「はめてやるよ」
「え?」
ヨハンは指輪を手に取った。左手の薬指がきらりと光る。
「名前、こんな時に一人にしてごめん。これからも迷惑かけたり、振り回したりするかもしれない。それでも、名前には隣にいて欲しいんだ」
鼓動が高まる。ヨハンから目を逸らせない。
「名前。戻ってきたら俺と――結婚してください」
ひとしずく、零れる。我慢の限界だった。
「ヨハン、私……!」
「名前。返事を聞かせてくれないか?」
ばかね。答えは一つだわ。
「……貴方と、ヨハンと一緒に幸せになりたい、です」
そう言った瞬間、ヨハンの腕に包まれた。彼の手はわずかに震えていたので、そっと撫でた。
「必ず帰ってきてね。ヨハン」
「もちろん。……愛してる名前」
「私も、愛してるわヨハン」
誓いのキスは涙の味がした。