短編

□比翼の鳥
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隣に十代はいない。 夜風が慰めるように肌を撫でた。

「こんなところにいたんだな」

ヨハンが来たが、私はただ揺れる水面を眺めていた。

「十代とちゃんと話したのか?」

「さあ、どうかしらね」

今日はデュエルアカデミアの卒業式だ。式の後、十代は姿を消した。予想が的中する。悲しみの余韻にひたる暇などなかった。

「名前、無理してないか?お前まだ十代のこと……」

「好きよ。当たり前じゃない。仮にも十代と付き合ってたのよ?」

ヨハンは心配してくれてるのだろう。いい友達を持ったと思う。

「私は今でも十代が好き、大好き。だけど、一緒にいたくない」

「何だよそれ。意味わかんねぇよ」

ヨハンは眉を寄せた。煮え切らない返事に苛立っているのだろう。

「十代は『大人』だから、私とは釣り合わないわ。好きな人の前ではいつだって綺麗でありたい。こんな自分を見せたくないの」

ヨハンは何も言わない。私はさらに続けた。

「それに、十代はみんなのヒーローだから私が独り占めしちゃいけない。これでいいのよ」

「名前。だったら何で……泣いてるんだよ」

私は静かに頬を濡らす。ヨハンは見逃してくれなかった。

「空気読めないわね、ヨハンは。こういう場合、見て見ぬふりをするでしょ」

「泣いてる女の子を放っておく方が、空気読めないだろ」

迫る、青。見惚れていると、唇をふさがれた。目の前にいる者は友人ではなく、一人の男だった。

「好きな子なら、尚更だ」

「っ、ヨハン」

「好きだ名前。ずっと君だけを見ていた。俺のヒロインになって欲しい」

動悸が止まらない。ヨハンの顔つきから、冗談ではないことがうかがえる。とまどいが、わき起こる。私は彼が望むものを与えられないのだ。
場が静まり返る。ふいにヨハンが「なんちって」と言いだす。もの悲しい笑みを浮かべていた。

「俺は名前も好きだけど、十代も好きなんだ。別に無理やり奪うなんて真似しないさ。そういうの趣味じゃないしな」

「……ごめん、ヨハン」

私は何て浅はかな女だろう。自分のことばかり考え、ヨハンを傷つけた。「名前が謝ることないぜ」と言われても、罪悪感がうずまく一方だ。

「自分の気持ちをぶつけても、ばちは当たらないと思った。だからこそ伝えたんだ」

ヨハンに下心は見えなかった。あるのは真情だけだ。

「名前もそう思うだろ?」

あれから二年がたった。

「うわぁ、凄い人だかり」

私はデュエルの大会に足を運んだ。今日はジュニアの部らしい。楽しげにデュエルする子どもたちに、口元が綻ぶ。

「楽しいデュエル、か」

影は消えず、つきまとう。私は手持ちのデッキを見つめながら、物思いにふける。だが、人がぶつかってきたため中断した。

「ご、ごめんなさい!」

「私こそごめんなさい。けがはない?」

小さな男の子がいた。彼は慌てて、散らばったカードを拾い出す。こちらの不注意もあり申し訳なくなった。

「ありがとう。大丈夫だから、ね?」

男の子はうつむき、もじもじしている。しかし、あるものを見るなり大きな声をあげた。

「そのカードかっこいいね!初めてみたよ!」

「これのこと?」

「うんっ、いいなぁ」

昔、十代から貰ったカードだ。私も少年とまったく同じ反応をしたのをよく覚えている。恋人との思い出は自然と頭にこびりつくものだ。

「これ、君にあげる」

「え、でも、お姉ちゃんのじゃ……」

「いいの。私はもう、いらないから」

そう言って差し出したその時、カードが光った。突然のことに、思わず手を引っ込める。

「そのカード、お姉ちゃんと一緒にいたいみたいだよ」

「そんなはず、」

「大事にしてあげて」

結局、少年の手に渡ることはなかった。私は、もやもやとした気分で会場を後にした。

「何なのよ。これじゃまるで十代のこと」

いつのまにか、目に涙をたたえていた。醜い感情が露呈する。私は必死にこの想いを押し殺す。けれども、うまくいかなかった。

「……大人になんかなれないっ、十代が好き。寂しい、そばにいたいって言えば良かった!」

嫌われたくない。拒絶されるのが怖かった。そういうわけで平然を装って、離れる理由を作った。ここまでしなければ、耐えられなかったのだ。保身のため強がった結果、愛しい人を失った。悔やんでも後の祭りだ。

「十代、十代……!会いたいよぉ、こんなに好きなの、に」

泣きじゃくりながら何度も「十代」と呼んだ。みっともない姿である。それでも私は、喉がかれるまで叫ぶつもりだ。

「名前」

懐かしい声。夢じゃない。貴方は――。

「十代……?」

「久しぶりだな、名前」

「十代っ!」

私は、迷わず十代の胸に飛び込む。腕の中はひだまりのようだ。あたたかい。貴方は確かにここにいる。

「世界を旅して色々なものを見てきたんだ。それで、名前にも見せたくなった」

優しいキスが降り注ぐ。不安をくつがえして愛が芽生える。

「名前。一緒に行こうぜ」

「いい、の?」

胸がつまって言葉にならない。言いたいことは、たくさんあるのに。

「前に、名前が俺のことをヒーローみたいだって言ったろ?」

「うん」

十代は私の手を引いて走り出した。行動が読めない。

「ヒーローにはヒロインが必要だろ?だから、お前を迎えに来たんだ!」

十代はあの頃と変わらぬ笑顔を見せてくれた。探していたものが、ようやく見つかる。

「ありがとう十代。……大好き」

彼と一緒なら、どこまでもいける。そう思った。
 

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