短編
□あいまいな関係
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恋人の部屋に上がるとなると、やはり緊張するものだ。名前は照れくささと、淡い期待を胸に一歩踏み入れた。
「十代くんの部屋に入るの初めて」
「そうだな。今度は名前の部屋に行ってもいいか?」
「女子寮は男子禁制よ?」
「へへっ、夜にこっそり忍び込めば大丈夫!」
「十代くんったら」
名前は、まんざらでもない様子だ。口元が緩んでいるのが何よりの証拠である。
「なあ。いい加減、十代って呼んでくれよ」
「けど、恥ずかしいわ」
「早く。でないと俺、何するか分かんないぜ?」
名前に、にじり寄る十代。彼の瞳はさながら飢えた野獣のようであり、ぎらぎらした欲がにじみ出ていた。本能のまま、名前を補食するに違いない。
「十代くんっ、待って」
「十代って呼べよ」
「あんっ、いや!」
「ずっと、こうしたかった。……名前は俺のものだ」
頭がふやけそうになった名前は、耐えきれず叫んだ。
「だめーっ!十代!」
「うわっ!な、なんだぁ?」
「へっ?」
そこはレッド寮だった。十代がいるので、彼の部屋だろう。
「おはよう名前。起きたのか?」
「あ、えっと、おはよう。十代……くん」
酷く低俗なストーリー。間違いない。『夢』だ。いかがわしい記憶は今なお脳裏に残留している。
萎縮する名前。そんな彼女に次の試練が襲いかかる。
「じゅ、十代くん!ふ、服はどこに!」
「どこって言われても、着替えてるだけだぜ」
十代は、赤が特徴的な制服を身につけていなかった。普段は隠されている体。名前とは確実に違う。思わず見惚れてしまうくらいだ。
「名前、痛くないか?」
「そ、それってどういう」
名前の中で、ある仮説が浮上した。
朝、半裸の男とベッドに横たわる女がいる。男は女の体を気づかい、「痛くないか?」とまで訊いた。
「まさか」
爽やかな朝に似つかわしくない妄想がかけ巡る。名前の脳内は汚染されていた。
「言い忘れてたけど昨日、名前があのまま寝ちまってさ。だから、俺の部屋に連れてきたんだ」
「そう、なんだ」
名前は全て思い出した。恥の極みである。現実逃避か、毛布を頭からすっぽりとかぶった。
「穴があったら入りたい……!」
穴に入れられたと思ったなんて、口がさけても言えない。
「おーい、名前」
名前は、うんうんとうなっている。十代は完全に無視だ。彼女はその間も煩悩と闘っていた。
「ああ!まだ十代くんにお礼を言ってない」
名前は、やっとのことで我に返った。当然、世話になった礼はするべきであろう。
「十代くん。色々ありがと――」
名前はあまりの衝撃で、言いよどむ。己の目を疑った。
「どっか具合でも悪いのか?」
信じがたいことに、十代が馬乗りになっていた。彼に悪気はない。けれども、名前としては、たまったものではない。
「顔、真っ赤じゃねぇか。熱でもあんのか?」
十代のせいだ、とは言えない。本人の自覚がないだけに。
「だ、だめ!」
名前はとっさに顔を手で覆った。見せたくないからだ。
「隠すなよ!本当に熱があったら大変だろっ」
「きゃあ!」
十代は名前の腕をベッドに押さえつけた。名前が抵抗するため、強行手段に出たのだろう。
「名前……」
「い、や。十代くんっ」
名前は、あどけない少年から男に変貌する瞬間を知っている。心を強く持て。そう自分に言い聞かせたが、いまわしき幻影には勝てない。名前の心臓は破裂寸前だった。
「お前ら何やってんだよ、うるせぇなあ」
「ひいっ!ヨハン……君?」
寝起きのヨハンが立っていた。