短編
□不器用な磁石
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「……おいしい。ありがとう、十代」
実を言えば、形がいびつであり、味も誉められたものではない。それでも、名前はこのおにぎりが好きだった。十代が名前のために作ってくれたのだ。それが、何より嬉しかった。
「まずかったら無理しなくていいぜ」
名前の性格上、決して残すことはないだろう。とはいっても、いざその光景を目の当たりにすると複雑な十代だった。
「ごちそうさま。おいしかった」
「そうか? 名前の方が、うまかったぜ」
「……え?」
十代は、慌てて口をつぐむ。聞き流せない発言である。
「食べて、くれたんだ」
名前は嬉しさを噛み締める。十代が口にすることはないと思っていたからだ。
「本当は『うまい』って言うつもりはなかった。いや、まずいってわけじゃねぇけどさ」
十代は、あえて距離を置いているにもかかわらず、接触を試みる名前が理解できなかった。突き放しても追いかけてくる彼女に、十代は疑問を感じた。素直に『おいしい』と言えるわけがない。
「昔の俺なら普通に言えたんだろうな」
自嘲しても過去には戻れない。今を選んだのは、他でもない十代なのだから。
「十代。私にいい考えがあるの!」
名前はすっくと立ち上がった。
「人間、慣れが大事よ。私、十代がおいしいって言うまでお弁当を作るから!」
「ちょっと待て。落ち着こうぜ名前」
「料理は愛情と真心って言うでしょ? だから、私は十代のために……」
名前は頬を紅潮させる。最後の方は聞き取れなかった。
「好きにしろよ」
十代は名前に背を向け、すたすたと歩き出した。
「……そこまで言うなら、他のやつに作んなよ」
「十代! そ、それってっ」
呼び止めるも、十代はレッド寮へと帰ってしまった。名前はその場にへたり込んだ。
「……期待して、いいのかなあ」
雪どけまで、あとわずかだ。