短編

□不器用な磁石
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名前はドアを軽く叩いた。返事がない。

「十代なら中にいるよ」

「やっぱり。ありがとう、ユベル」

部屋には青年がいた。名前は「十代」と呼んだ。

「お弁当作ってきたの。良かったら食べて」

「食欲がない」

「……じゃあ、お腹すいたら食べて」

名前はめげなかった。十代はきっと断るだろうと予想していた。このくらい序の口だ。

「十代。ちゃんと食べてる? 少し痩せたみたいだけど……」

十代は、幾分か細く見えた。名前は彼の体調、いや全てが、心配なのだ。

「余計なお世話だ。お前には関係ないだろ」

善意は重荷になりうる。名前も覚悟はしていたが、十代の言葉は胸に深く突き刺さった。

「うん。そうだよね」

名前は弁当箱を机に置いた。

「ごめん。迷惑だと思うけど、私は十代のこと放っておけないわ。あなたに嫌われたくない。でも、今までのことを、何もなかったかのように扱われるのも嫌なの。……怖い」

共に過ごした日々は短いが、十代との思い出は今もなお鮮明に記憶されている。
十代は、人づきあいを避けていた。異世界での経験が、彼を大人にしたことも知っている。十代が望むのなら関係を断ち切ろうとも考えた。けれども、名前は十代と疎遠になるのは嫌だった。理解はできても納得はできないのだ。

「名前……」

****

以前、明日香と亮が付き合っていると、噂になった。この灯台で二人がたびたび見られたからだ。実のところ明日香の兄、吹雪の情報を交換しているだけであったが。

「明日香はどんな気持ちだったのかな」

結局、吹雪は帰ってきたとはいえ、明日香は長い間待ち続けたのだ。彼女は強い。一途で、健気な少女である。

「私、ばかみたい。分かってたのに」

体の芯から冷えきっていく感覚。十代のまなざしが、声が、頭から離れなかった。

「……十代」

寂しさが募る。待ち人は永遠に来ないかもしれないのに、望みを捨てられなかった。

「お弁当、食べて欲しかったな」

「何やってんだよ。こんなとこで」

気配もなく、すっと十代が現れた。驚愕する名前。奇跡が、起こった。

「これ、やるよ」

「おにぎり?」

受け取ったものの、名前はぽかんと口を開けて見つめている。

「これで借りはなしだ。あと……さっきは少し言い過ぎた」

十代は、先ほどのやりとりを思い返し、きまりが悪そうだ。名前は何と返していいか分からず、つい話題を逸らしてしまった。

「ひょっとして手づくり?」

要点はそこじゃない。名前は気が動転していた。十代は無言で握り飯を名前の口に押し込んだ。めんどくさくなったのだろう。名前に窒息の危機が訪れる。
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