短編

□A
1ページ/2ページ

人生何が起きるか分からない。果たして十代と名前が、一時的なものとはいえ、恋人同士になると予想した者はいるのだろうが。
「名前、ひざ枕してくれ!」
放課後に至るまで、十代と名前は『恋人』として共に過ごした。
当初二人の関係に周囲は驚愕した。その甘い雰囲気や、十代の名前への惚れ込みっぷりは直視できるものではなかった。特に彼のスキンシップは凄まじいの一言だ。人目をはばからず肩を抱いたり、腰に腕を回すほどである。その度にヨハンはすぐさま邪魔をしたが、名前は何度か意識を飛ばしかけた。
「む、無理だよ!」
十代に屋上へ行こうと誘われた。誘いに乗った結果がこれだ。十代のおねだりに、名前はたじたじとなる。
「何でだよ?」
「だって、私の足汚いし太いし、いくら十代くんの頼みでもっ」
名前としても、十代の願いとあれば聞いてあげたい。とはいえ、内容が問題である。
「名前。なあ……どうしても駄目か?」
「うう……!」
十代のまなざしは一見寂しげだが情熱を秘めていた。一歩も退かない押しの強さ。名前の自我を容赦なく奪う。
「まあ、嫌ならしょうがねーか!名前、そこに座れよ」
「あ、うん」
名前はほっと一息つき、腰をおろす。体がずいぶん重く感じた。
ようやく平穏な時が訪れる。そう思ったが――
「隙あり!」
「きゃあああ!」
背後から奇襲をかけられた。
「名前って意外と華奢だな。俺の体にすっぽり収まるぜ!」
「だめっ、十代くん!」
「いい匂いがするし、柔らかいし、抱きごこち最高だぜ!」
「ん、くすぐったいっ」
十代は自分専用の抱きまくらを堪能する。今、彼女の体を味わえるのは彼だけだ。そんな優越感、ヨハンへの対抗心から、抱く力を強めた。
「や、十代くん……!」
「名前は俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃない、でもっ」
「でも?」
唇は耳にぴったりつけられ、かすれた声が名前の鼓膜を支配した。脳からの命令は『十代に逆らうな』、だ。
「……恥ずかしいの」
十代が嫌いなわけじゃない。むしろ好き――憧れであるからこそ、生まれる感情だ。けれども、当の十代は「何だそんなことか」と笑い飛ばした。
「それなら大丈夫だぜ!俺たち恋人だから何も恥ずかしがることはないって」
またもや出た『恋人』発言だが、納得できない者もいた。それは、
「……おい剣山。デュエルディスクを貸せ」
「ひいいいい!ヨハンが怖いドン!」
ヨハンだ。
実はヨハンを始め、剣山・翔・万丈目・明日香・レイは屋上に続く階段から、こっそり見守っていたのだ。
「男の嫉妬は見苦しいぞヨハン。いいことじゃないか。十代と名前がひっつけば、天上院くんは晴れて、この万丈目サンダーのものに……!」
「万丈目くん。本音が出てるッスよ」
「勝手なこと言わないでよ! 十代さまはボクのだよっ」
「レイちゃんも自重しようか」
思い思いに語る万丈目とレイに翔の鋭い突っ込みが入る。
「あの二人、大丈夫かしら。カードの効果もいつまで続くか分からないし、困ったわ」
冷静なのは明日香だけである。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ