短編2

□俺だけのお姫さま
1ページ/2ページ

十代はもう遠くに行ってしまったのだろう。明日香は彼との長く短い思い出に浸っていた。
「まだいたのか。体冷やすぜ?」
「大丈夫よ、ヨハン」
ヨハンには明日香が何を思っているのか、手に取るように分かった。罪深い親友に苦笑するしかない。
「そのドレス、十代にも見て欲しかった?」
「ば、ばかなこと言わないでっ、十代は関係ないでしょ!」
赤い顔で言われても説得力がない。おそらく図星だ。
「もう大丈夫か? さっき泣いてたみたいだし」
「別に泣いてないわ」
「無理すんなって! ほら、これ貸してやるよ」
ヨハンはハンカチを差し出した。やや強引だが彼らしい心遣いは嬉しいものだ。
明日香がハンカチを手に取ろうとしたその時、物音がした。
「名前?」
「あ、ごめんね。邪魔しちゃって。私、ヨハンと明日香がそういう関係だって知らなかったから。本当にごめん!」
「おい待てよ名前!」
名前はドレスをひるがえして、湖から走り去った。彼女の今にも泣きそうな顔がヨハンのまぶたに焼き付く。
「くそっどうなってんだよ!」
「いいから名前を追いかけなさい。誤解されたままなんて嫌でしょ?」
「悪い、明日香!」
「名前によろしくね」
儚くて尊い人。大切なものなら手放しちゃいけない。
体力の差もあって、ヨハンはすぐに追いついた。
「捕まえたぜ名前!」
「いや!放してよ!」
「嫌だ。何で逃げるんだよ」
「放して」
「絶対放さない」
ヨハンはじれったくなり、名前を強く抱き締めた。
「どうして……? こんな顔、あなたにだけは見られたくないのに!」
ヨハンは何も言わず指で涙の跡をなぞった。涙と一緒に悲しみも拭えたらいいのに。
「俺、何かした? 言ってくれなきゃ分からないよ」
「……言ったらヨハンに嫌われちゃう」
「嫌わないよ。俺が名前のこと嫌うもんか」
ヨハンの優しく温かみのある声が、すっと溶け込む。
名前の背中を押すには十分すぎるものだった。
「ヨハンと明日香が一緒にいるところを見て、苦しくなったの」
「俺と明日香が仲良いと嫌?」
「……いや」
「何で?」
「だって私ヨハンのことが」
名前の口に何かぶつかった。途切れた言葉の行方はヨハンの唇が知っている。
「名前が好きだ」
「よは、ん?」
「危ねぇ。名前に先こされるとこだったぜ」
「え、え?」
理解に乏しい名前はまごまごしている。ヨハンは可愛らしいと思いつつ、真意を確かめた。
「俺の言った意味わかる?」
「ふ、ふざけてないよね?」
「あのなぁ。好きでもない子にキスするわけないだろ!」
『キス』と聞いて、名前は唇に触れた。ヨハンにされたことを思い出し、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。しかも、片思いの相手から告白までされたのだ。鈍器で殴られたように頭がぐわんぐわん揺れる。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ