短編2
□6月11日
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今日はヨハンの誕生日。二人で世界の昆虫展に来ていた。
「Wow! どれも図鑑でしか見たことない奴ばかりだぜっ」
「よ、良かったね」
「名前も見ろよ。ほら、あれとか最高にカッコいいぜ!」
「うっ私はいいよ」
ヨハンは大好きな昆虫に囲まれて大はしゃぎである。喜んでもらえて何よりだ。
でも、虫を勧めるのはやめて欲しい。私は、全身が粟立つくらい虫が嫌いなんだ。今日は特別な日だし何とか耐えてみせるが。
「虫って色んな種類がいるんだなぁ! 俺も勉強不足だったよ」
「多すぎというか、もう少し減っても」
「次はcockroach見にいこうぜ!」
「ゴキブリ!? ……私は疲れたからそこのベンチで休んでるわ」
ヨハンが持っている例のカードを思い出し、身震いした。あれをリアルで見ようなんて、とんでもない。
「はあ。ちょっと感じ悪かったかな」
デートなのに、恋人と別行動なんてあり得ない。一年に一回しかない日に、何で私は我慢できないのだろう。ヨハン呆れてるかも。
世の中には、価値観の違いで別れるカップルも少なくない。それが嫌だから、ヨハンの趣味のことは、付き合い始めたときから覚悟していたのに。嘘でも「素敵だね」と笑って言える子になりたかった。
「おーい名前ー!」
「あ、ヨハン。ひゃ冷たっ」
「大丈夫か?」
ほっぺにコーラを当てられた。ひんやりして気持ちいい。わざわざ買ってきてくれたのかな。
「ごめんな。虫嫌いな名前が付き合ってくれたのが嬉しくて、はしゃいじまった」
苦笑いするヨハンを見て、胸が苦しくなった。ヨハンが隣にいれば、それでいいのに私ってば本当にバカだ。
「私こそごめんね。今日はヨハンが主役なのに、気を使わせて」
「なぁに言ってんだよ!気にすんなって」
「……ありがとう。ヨハン」
「あ! これ、名前にやるよ」
ヨハンは私の手のひらに、ぽとりと――クモを落とした。
会場内に自分が出したとは思えない悲鳴がとどろく。
「お客様どうなされましたか!」
「は、早くクモとって!」
「え? お客様、このクモはレプリカですが」
そう言われて、おそるおそるクモを見ると、頭部から紐が出ていた。どうやら携帯ストラップらしい。怖いくらいによく出来てる。
「可愛いだろ? 俺とお揃いだぜ」
「どうしてクモ!? せめて蝶でしょ!」
「butterfly? あるぜ。全種類買ってきたからな」
「ぎゃあああああ!」
ヨハンの両手いっぱいにむし、ムシ、虫!
やっぱり、ヨハンとのお付き合いは前途多難かもしれない。