短編2

□ヨハンとハロウィン
1ページ/1ページ

※卒業後

 今日は10月31日、ハロウィンだ。
 名前はヨハンを家に招き、手料理を振る舞った。作ったのは、この日にちなんでかぼちゃのタルトである。嬉しいことに彼は「うまい!」と絶賛した。
 しかし、デザートに舌鼓を打つ一方でヨハンは肝心なことを忘れていたのだった。

「ヨハン! trick or treat!」
「……げ」
「あ、やっぱりお菓子持ってないのね」
「くっそーいちいち持ち歩いてられっかよ」

 そもそもヨハンはハロウィンだということを忘れていた。当然お菓子は持っていない。それが分かっていた名前は最初からヨハンにイタズラするつもりであった。

「じゃあ、イタズラ決定ね!」
「お、おい名前っ」
「ヨハン。じっとしてて」 

 ソファーが二人分の体重に小さな悲鳴をあげた。名前は何故か後ずさりするヨハンと距離を縮める。近づくにつれ、彼女の淡い香りが鼻腔をくすぐる。洋菓子を彷彿させる甘いニオイ。名前はもっと甘いのかもしれない……。
 ヨハンは頭をぶんぶん振って不健全な思考を駆逐した。名前も一瞬びっくりしたものの、彼の頬にすっと、手を添える。

「ヨハンの目って綺麗ね」
「……目が何だって?」
「だから、翡翠色で綺麗ね! 一度間近で見てみたかったの」
「名前、イタズラってまさか」
「うん。だって、こうでもしなきゃ見させてくれないじゃない」

 とんだ取り越し苦労だ、とヨハンはうなだれる。いらぬ心配をした自分が馬鹿らしくなった。当の名前は「髪もエメラルドなのね」と、呑気に観察している。

「おーい。気がすんだか?」
「うん。ありがとうヨハン!」
「なんっか不公平だよなぁ」 

 名前はクスクス笑いながら「ごめんね?」と謝った。冗談が通じる仲だから許されるやりとりである。

「ヨハンだったら私にどんなイタズラする?」

 あまりにも無邪気に聞いてくるので、ヨハンは少しだけ邪な心が芽生えた。自分だけやられっぱなしというのも面白くない。負けず嫌いな彼は即座に行動に移す。名前をソファーに押し倒した。
 ここだけの話だが、若干の下心も持ち合わせていた。

「ヨハン!」
「ん?」
「この体勢っておかしくない?」
「そうか? いい眺めだぜ」
「な、何言ってんの!?」

 名前は慌てふためく。立場が逆転し、今度はヨハンが迫る。まるで鏡を見ているようで、先ほどの彼と同じ反応をしていた。これだけでも気分が良かった。彼が優越感を味わう中、彼女は胸板を押したり、クッションで叩いたり、必死で逃れようとする。何とも愉快だったのでクッションを放り投げた後、わざと顔をぐんと近づけた。

「名前にしたいイタズラか、うーん考えてなかったぜ」
「よ、よはんっ、早くどどどどいてっ」
「思いつくまでこのままでいるか」
「よ、よはんっ!」
 
名前は顔を真っ赤にしながら「ばか!」だの「いやっ」だの文句を言い、じたばた暴れている。
 可愛らしい名前が見れただけでもヨハンのイタズラは成功である。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ