短編2

□続・6月11日
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 私は夏が嫌いだ。一番好きなのは冬。暑さより寒さの方がマシってわけではなく、虫がいるか、いないかの問題だ。そういう意味では春もあまり好ましくないが、次の時季に比べればまだ可愛いものだと思う。
 夏は、蚊・セミ・クワガタ・カブトムシ・ホタル、そしてゴキブ……とにかく昆虫オールスターズと言ってもいい。何なのよこの布陣は。
 ちなみに今は夏の真っ盛りで、奴らが勢いづいている頃。そんな中、私はヨハンと日本に帰国した。

「ここが名前の故郷か」
「暑さとか湿気とか平気?」
「No problem! さあて、虫はどこかな!」
「やっぱりそうなるのね」
 ヨハンを私の実家に連れてきた。彼を両親に紹介するためだ。お母さんはヨハンのことをすぐに気に入った。イケメンって得だな。お父さんは「国際結婚は認めない!」だのギャーギャー騒いでた。その後、お母さんが殴って黙らせたけど。大丈夫かなお父さん、虫の息だったよ。

「カブトムシいるかな?」
 ここは、自然豊かな田舎。会えるかどうかは別として、いる可能性はある。
 それにしても、カブトムシか。好きな人には凄く失礼だけども、私にはツノが生えたゴキブリにしか見えないんだよね。う……深く考えたら気持ち悪くなってきた。

「名前! Look!」
「うわっ」

 ヨハンは喜々として地面に横たわるセミを指差す。私の勘が正しければ、この状態はアレだ。絶対にヤバい。
 ヨハンがセミに手を伸ばすと、案の定奴が動き出した。ジリリと嫌な音を立てて震えたのだ。バイブレーションにみたいにブルッとしたよ。こっちの心臓はブルッどころじゃないから。

「おお! amazing!」
「いやああああ!」 
「しっかし驚いた。生きてたんだな!」
「だから嫌だったのよ! これが奴らの手口なんだから!」 

 そう言った途端ヨハンはポカンと口を開けた。そして私を訝しむようにジロジロ見てくる。

「お前は一体何と闘ってんだよ」
「何で真顔で言うの!?」
 やめて欲しい。人を痛い子扱いしないで。ちょっとビックリしただけだってば。

「それより、他の昆虫も探してみようぜ!」
「う、うん」

 満面の笑みで誘われて断れるはずない。趣味は合わないものの、私はヨハンが好きだし彼には甘い。何だかんだで相性はいいのかな。ヨハンは外国人だけど、壁とかあまり感じたことないし。私たち、自然体で過ごしてきたよね。
 とはいえ、木の役の私が体中に蜜を塗られ、カブトムシ役のヨハンがそれを舐めるという超次元プレイは忘れられない。あと、カタツムリを大量に捕まえてきて「これでカタツムリパック作れるな!」とか言い出した時は、目の前が真っ白になった。無理です。

「あのさ名前」
「何?」
「結婚して子どもが生まれたら、家族で虫採ったりしたいな!」
「こ、子ども!?」

 ヨハンの爆弾発言に面食らった。確かに私たちは付き合って長い。ゆくゆくは彼と結婚したいなあ、なんて考えてたけれども、心の準備ってものが。本人はプロポーズ同然の言葉だって分かってないから困る。いつも唐突なのよ、バカ。
 文句を言いながらも、ヨハンとの家庭生活がありありと浮かんでしまう。今の私の顔、ヒドいだろうなあ。紅葉を散らしたように真っ赤になってるかも。

「嫌なのか? 名前」
「そ、そんなことないよ!」 
「マジで?」
「ん……ヨハンとなら」
「やったぜ!」

 引きつった顔でヨハンと新しい家族を遠くから見守る自分。そんな未来も悪くないと思った。虫がいい話だ。
 

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