蒼き女王

□6GAME
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【チェリーside】


コンコン…


ノックすると彼独特の静かな声で「はい」と聞こえた。


「幸村…」


カーテンが靡いてベッドに背を預ける彼の影が見えた。


「誰だい?」


普段、聞かない声に幸村も不審に思ったのだろう。
少し緊張を帯びた声色で問いが帰ってきた。
近くまで行くと風がピタリと止まりカーテンが静まる。
お互いの目と目が真っ直ぐぶつかった瞬間、彼は目を丸くした。


「久しぶり、幸村。調子はどう?」

「チェリー…?どうして君がここに……」


驚きを隠せないまま問われて私は笑顔で答えた。


「生徒会とレコーディングが重なってね?
帰る前に幸村に会いたくなったの。
入院してから電話しかできなくて…まだ一度もあなたのお見舞いに来てなかったから。」


本当に心配だったの。
ずっと、ずっと、会って知りたかったの。
あなたが今…どんな思いで苦しんでいるのか。


幸村はやっといつもの穏和な笑顔を見せてくれた。
お見舞いのお花と御守りを渡したら嬉しそうにそれを握りしめてくれた。


「さぁチェリー座って。俺も君に会いたかったんだ。
会って話したいことがたくさんあった。」

「ありがとう。」


そう微笑めば幸村はすっと手を私の頬に伸ばした。
一体、何事だろうかと首を傾げると頬に当てられた手がスルリと輪郭をなぞり、彼の細い指が私の唇を左から右へ…そっとなぞった。


「幸、村?」


戸惑わずにはいられない。
こんな風に男の人から触れられたらことなど一度もないのだから。

なにも言わない彼を待つ。
ふと彼の瞳とかち合う。

なんて切ない目で私を見るの?
どうして何も言ってくれないの?
お願いだから…そんな目で訴えるのはやめて。

じゃないと…私の心が苦しくなるの。

「お願い、幸村。」

たまらず頬にある彼の手を包み込んだ。

「お願い、独りで抱え込まないで。
辛かったら辛いって、苦しかったら苦しいって、寂しかったら…寂しいって言ってよ。
私、幸村のここ(心)にある大きな不安を少しでも和らげたいからここに来たのよ?」


そっと彼の胸に手を当てて彼の目を見ていると、それだけで泣きそうだった。


そんな私を見て幸村は頬から手を退けて今度は頭を撫でた。


「泣かないでよ、チェリー。」


いつものように優しく微笑んでそんなこと言うのよ。
それはこっちの台詞よ。
だってあなたの揺れる瞳から溢れ出た感情が頬に伝っているもの。


「私、泣いてないわ。泣いてるのは…幸村の方でしょう?」


手を伸ばして彼の涙を指で拭き取る。
幸村は驚いたように自分の頬に手をやった。
本当に自分が泣いていることがわからなかったみたい。


「ねぇ、チェリー、俺は怖いんだ。」

「うん。」

「突然、倒れたあの日に感じたあれが何度も俺を蝕む。」

「うん。」

「体がまるで言うことを聞いてくれないーーそのたびに怖くなるんだ。

俺はこのまま死ぬんじゃないのかって。」

「う、ん。」

「医者が言うんだ。『大丈夫ですよ』って。
それさえも嘘しゃないかって…終いにはテニスを楽しめる仲間たちを疎ましく思ったり、彼らの言葉でさえ信じられなくなる。」

「う…ん…。」

「最低だろ?せっかく来てくれるのに『どうせ俺の気持ちなんかわからないくせに』って心の奥底で思ってる。」

「ねぇ、ゆきむ…」

「チェリーは?」

「え?」

「チェリーは俺のことどう思ってる?最低なヤツだって思う?」

「そんなこと…そんなことあるわけないじゃないっ!」


堪えきれない涙を頬を伝う。
泣いちゃだめだ。本当に辛いのは彼なのだから。
そう思うのに止まらない。
 

「幸村、こんなに辛かったのにもっと早く来れなくてごめんなさい。
この病室で過ごす時間が、誰かの善意が、どれだけあなたにとって重かったか…。
今ので十分わかったから。」


泣いてはダメだと何度も何度も自分に言い聞かせているのにどうして涙が出てきてしまうのだろう。
私が泣いたら幸村が泣けない。
それに、健康な私が泣いたのでは同情されたように思う。
彼に失礼だ。


自己嫌悪しながら止められない涙と気持ちに葛藤していたら幸村が突然、私の両手を握った。


「チェリーはやっぱり優しいな。」


穏やかに、優しい瞳で彼は言った。


「そんな、こと…ないよ。
私が泣いたら幸村、あなた泣けないじゃない…!」

「大丈夫。チェリーが俺の分までこうして泣いてくれるから、俺のために泣いてくれるから、また前を向ける。」


彼はズルい人だ。
小学生のときからそうだった。
私を甘やかして微笑う。
親など早くにいない私は誰かに優しくされることに慣れてないから。だからその優しさがたまにすごく怖い。



様々な感情を抱えてしばらくの間、幸村の手を握ったまま静かに涙を流した。







***


ひとしきり泣いた私が顔を上げたときには目が真っ赤だったようで、幸村が
「ウサギみたいでかわいいよ。」
なーんてバカなこと言うから急いで顔を洗いに行った。


鏡を見てそこまで目立たない目にほっと胸をなで下ろした。
悠利と柚咏に真っ赤な目なんか見られた日には、白状するまでとことん追いつめられる。
それだけはごめんだ。


顔を拭いて、幸村の病室の扉に手をかけようとしたら誰かの話し声が聞こえた。
あれ、もしかしてお客さん来ちゃった?
どーしよ…携帯と財布はポケットに入ってるけど鞄が…。


仕方ない。少し声をかけて荷物だけ取らせてもらって帰ろう。
今日の自分の役目は果たせたし。
私が泣いてばかりだったけど…。


そうして声をかけようとした瞬間だった。


「幸村、お前は何も気にしなくていい。」

「あぁ、みんなよくやっている。」


この声ってまさか…!


「すまないね、真田、柳。」


や、ややややっぱり!



危機的状況!誰か助けて!
いや、いまは誰もこないで!




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