過去編
□達海、嫉妬する。
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《達海、嫉妬する》
「もう…猛ったら。後藤くんに失礼でしょうが。」
「うるさい。」
突拍子のない所や、勝手に拗ねている所は23歳になっても健在か…と心中呆れるチェリーだが、そろそろ機嫌を直して貰わねば掴まれた手首は痛いし、話もできない。
前方をスタスタと歩く達海に追いついて顔を窺う。
「なんでそんなに不機嫌なのよ?」
なるべく優しく問うたチェリーだが、明らかに子供扱いをしているのが見て取れて達海は余計に口をすぼめた。
「…チェリーは俺を見に来たんだろ?
なんで後藤と話してるんだよ。しかもあんなに楽しそうに…。」
チェリーは達海の言わんとすることが分かったらしく、達海の横顔を可笑しそうに見つめた。
「ふふっ…仲間外れにされて気に食わなかったんでしょ?」
「はあ?」
「大丈夫よ。私の中で一番は今までも、これからも、ずっと猛だから。」
どこか意味を履き違えているチェリーだが、
自分の腕に抱きついて満面の笑みでそんなこと言われたら、恋心を自覚し始めた達海は赤面するしかない。
チェリーにとっての「一番」という意味はそのままの意味だろう。
すべてひっくるめて、「一番」なのだ。
そう、小さい子供が母親が一番だ、と言うように。
嬉しいことだ。好きな女の一番になんてそうそうなれるものじゃない。
しかし、それは逆に言えば、恋愛感情には程遠い感情なのかもしれない。
本心は分からないが、彼女は"家族"としてしか自分を見ていないのだろう。
今はそれでいい。
自分だってそうだったのだから。
腕から感じるチェリーの温もりに達海は息をはいた。
冷静になれば、達海だって大人だ。
「はぁ…。今度は俺がいるときに来いよ。」
「はいはい。ちゃんと練習時間教えてね。
私も今日やっと、ちゃんとした休みもらえたぐらいなんだから。そんなに暇じゃないのよ?」
チェリーの表情は至って変わらず、ニコニコと楽しそうに笑っている。
しかし、達海はチェリーと再会した試合の日から1ヶ月間、家が隣にも関わらず全くチェリーを見かけなかったことを思い出す。
忙しい…とは一体どれくらい忙しいのだろう。
「何かあったの?」
ちょっと探りを入れようと普段通りに質問してみるが、チェリーの表情は変わることなく…
「ううん。新人だし、女だし、仕事多いしってことよ。」
「ふーん。」
当たり障りのない答えが返ってきた。
「それより!今日は猛も私もあいてるんだし!
私にサッカー教えてくれない?」
チェリーは話を変えるように達海の腕を引っ張って言った。
だが、その頼みに達海は嫌そうな顔をした。
「なに?お前やるの?」
何故、そんなに苦い顔をされるのか分からないチェリーは首をかしげた。
「そうよ?ルールも本だけじゃ分からないし、この間の試合で猛があんまり楽しそうにサッカーするからやりたくなったの!」
オイオイ。と達海は心中で突っ込みをいれた。
「やめた方がいいんじゃない?
チェリーがスポーツやってるところなんて想像できないし。
第一、お前…自分の身体能力のレベル分かってる?」
そう、達海が渋るのも無理はない。
チェリーは何でもできるヤツだが、運動…特に球技はからきしダメなのだ。
忘れたわけではあるまい。と達海は視線を送るがチェリーは憤慨する。
「何よー!私だって人並みに運動できます!
体力だってついたし!
それにプロに教えてもらえれば上達だって早いはず!」
「まだ、教えるなんて言ってないけどね。」
意地の悪い達海の性格が現れるが、チェリーはそれに動じる女ではなかった。
「へぇ〜そういう意地悪言うわけ?
いいわよ、別に。猛がダメなら後藤くんに頼むから。」
へへんっ!と意地悪く笑むのはチェリーの方だ。
「…お前って性格悪いよな。」
「女はみんな性格悪いのよ。」
こうなったら折れるしかない。
これも惚れた弱味ってやつだ。
「分かったよ。練習が終わった後でならいつでも付き合ってやるよ。」
仕方なく…といった口調だが始めから断る気など毛頭ない。
チェリーとの時間をみすみす見過ごすわけがないのだ。
「やった!めちゃくちゃ上手くなって女子サッカー選手とかになっちゃうかも!」
「お前って…そんなにおめでたい奴だったっけ?」
「そんな目で見ないでよ。
ちょっと冗談言っただけじゃない。」
顔を見合わせて笑いあって…
達海の不機嫌な感情なんてすでに見る影もない。
チェリーと過ごす時間がこの上なく楽しい。
互いの家の前に着くとチェリーは達海に振り返り敬礼した。
「じゃあ!さっそく公園でサッカー指導お願いしますっ!達海選手!」
仕方ねぇなぁ。
そう言ってチェリーの髪を撫でようとした瞬間だった。
けたたましく不快な高い音がチェリーの鞄の中で鳴り響いた。
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