過去編
□有里、出会う。
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とことこ…
きょろきょろ…
ETUには小さなサポーターがいる。
「あっ!タツミだ!」
彼女のお気に入りはETUの星・7番タツミ。
「なんだよ〜お前また来たのか?学校はどうした?」
めんどくさそうにしながらもいつも自分を、ETUを応援してくれる小さなサポーターとの会話を達海は大事にしていた。
「ムッ!学校は今日ないもんっ!」
「いいね〜ガキんちょは。」
「ガキじゃない!有里だよ!
タツミ!今日もゴール決めてね!」
「さぁね。じゃあな〜。」
居酒屋・東東京の店主の一人娘、永田有里。
有里はこのETUが大好きで、自分をわくわくさせてくれるタツミも大好きだった。
練習に入ったタツミや後藤を炎天下の中、麦わら帽子を被ってじっと見つめていた。
一方。
チェリーは…
今日も研究室の机にかじりついていた。
彼女の近況はあまり思わしくない。
チェリーは常に気を張って生活していた。
チェリーがここへ来て最初の日。
『はじめまして。ハーバード大学から参りました。月美チェリーです。』
何度となく言ってきた自己紹介。
言う度に周りの反応が不快に思う。
それは、全員が一様にチェリーを上から下まで品定めをし始めるからだ。
「(こいつがインターン中に論文書いてアメリカの有名医療雑誌に載ったっていう、あの"天才"医師か?)」
「(どーせ容姿で認められたんだろ?)」
「(ハハッ…確かに美人だけど我が儘であつかいにくそうだ。)」
「(でも腕もいいんだろ?)」
「(あぁ、なんてったって"天才"だからな!)」
「(これから俺たちこんな年下の甘ちゃんと仕事するんだぜ?)」
「(うわぁ〜まじ勘弁。)」
若い医師たちはこうして声に出すからまだいい。
チェリーが驚いたのは年配の医師たちだった。
日本屈指の大学病院――
聞こえはいいが、中身はどろどろとした人間関係が渦巻いていた。
派閥、権力闘争、裏に潜む政治家の影…
医療で人を助ける場にしては恐ろしいほど、人間の欲で満たされていた。
「おい。お前今日休みだろうが。」
「あぁ、佐久間先生おはようございます。
今日中に結果をまとめておきたかったものですから。」
「ふんっ!今度は日本で結果を残して地位を望むか?強欲だな!」
「…地位?私が出世しようと思ってこの研究をしているように見えますか?」
「そうでなきゃなんなんだ?」
「呆れた…そんな余計なこと考えてたら研究なんて成功しませんよ?
私たちは今あるものを材料に未知のものを創造し、発見し、育てなければならないんです。
繰り返し、覚え、身に付ける大学の勉強や医術とは違う。
いくら頑張っても実らない可能性が高い、新しい世界を作り出す側にいる人間です。
皆さん、覚悟を持ってやっているはずです。
こんなもとの材料が少ない未知の研究をやっているのですから。
…佐久間先生は違うんですか?」
真っ直ぐな瞳で問われたまだ年若い佐久間という研究員は息をのんだ。
この女は女だてらに意志の強さを持っている。それはまるで…自分が過去に持ちそして失ってしまったものに似ている。
そう――エリートと言われてきた自分。研究室では若手のホープだともてはやされた。地位が欲しくて、大学病院に渦巻く闇に自ら進んで埋もれてきた。
しかし、この女は…。
歳は10も違わないのに、環境だって変わらないはずなのに…なぜこうも彼女は医師として真っ直ぐに生きられるのか。
考えるほど何故だか不愉快になる。
だから嫌いなのだ。この女は医者として当たり前のことを簡単に言えて、行動に移せてしまう。
「チッ…!」
舌打ちして去っていく佐久間にチェリーは心中鼻で笑い、パソコンの画面を上書き保存する。
これにて今日は終了。
1時間でまとめ上げた自分に満足して、光の差す窓を見る。
今日みたいに天気のいい日はサッカーが見たい。
今から出れば10時前には着く。
チェリーは席を立った。
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