【晋×小】

***

ここのところ平和な毎日を過ごしている。

渋い顔をした晋作さんと桂さんが時折連れ立って薩摩藩邸に出かけたりするけれど、特に目立った大きな出来事もなくて、戦が起こりうる時代に来てしまっていることなんて時折忘れてしまうくらい、もうすっかり馴染んでしまっている自分を感じていた。

「晋作さーん?」

今目の前にある風景も、平穏そのもので、日々のそれが平和だと錯覚させてしまう原因である。なんて畏まった言い訳を心中で呟いて、わたしは晋作さんの傍らにそっと腰を下ろした。

「晋作さーん…」

障子を開け放った部屋には、昼下がりの太陽がやわらかく入り込んできて部屋を暖めてくれていて、光に照らされながら晋作さんは寝転がり、くうくうと規則的な呼吸を繰り返していた。
胸の上には最近大きくなってきた子猫が丸まって、一緒になってお昼寝を堪能しているようだった。

小さく呼び掛けてみても返事はない。代わりに猫がぴくりと耳を振って薄目を開ける。
ニャアと寝呆けた声で微かに鳴くその子に、ごめん起こしちゃったねと小声で謝って指先でそっと耳の後ろを撫でてやると、ゴロ、と喉を鳴らして晋作さんの胸から降りて、伸びをした後庭に出ていってしまった。

わたしは晋作さんに視線を戻すと、まだ眠っていることを確認して、猫が乗っていた胸に手を当ててみた。ぬくもりが残るそこだけ少し温かくて、呼吸で上下する胸と鼓動が、掌ごしにもしっかり生きてることを伝えてくれる。
ただそれだけの事なのに、泣きたいくらい嬉しくて、胸の奥がきゅうっと掴まれるみたいに切なくなった。

こんな気持ちになる度に、ああ、わたしは晋作さんをこれほど好きなんだと自覚する。
この時代にきて、生まれて初めて感じるようになった感情だった。

わたしは恋をしている。


晋作さんは戦いが始まれば率先して命を懸ける、そんな戦人で、本音を言えばそんな死地に赴くようなことはなければいいのに、と思ってしまうけれど、でもそんな事は思ってはいけない。


想いに気付きそう悩んだわたしは、わたしの周りで唯一の女性でこの時代の暮らし方を教えてくれる、寺田屋のお登勢さんにそう零したことがある。
わたしの吐露を黙って聞いていたお登勢さんはそうやねえ、と笑ってから、優しく肩を撫でながら言ってくれた。

『昔からいつの時代も女は、そうやって男の人を待ってやきもきするばっかりで。でもそんな女がそう想って待ってるからこそ、男の人は戦って戦って疲れても、ちゃんと還ってこれるんやないかしら』

ほんまに、惚れた女は辛いわよねぇ。

そう笑ったお登勢さんも、誰かを待っているんだろうか。
たくさんの疲れた男の人を優しく迎え休ませる寺田屋は、そんなお登勢さんの心そのものなのかもしれない。
そう考えながら、安らかな答えは出ないけれど、この想いに自分の中でも納得できるようになった。



わたしの思考を余所に眠り続ける晋作さんをしばらく眺める。陽に焼けた肌と髪は、病なんて微塵も感じさせない雄々しさを晋作さんに纏わせる。
いつも楽しそうに光を湛える猫のような瞳は、今は閉じた瞼に阻まれて見えない。
薄く開いた唇から微かに繰り返される呼吸が生きている証で、いまはそれさえもいとおしくて、幸せな切なさで胸がつまる。

「……」

しばらく見つめていたわたしは、こんな溢れそうにもてあます感情なんて知らなくて、気が付いたら眠る晋作さんに唇を寄せていた。
下ろしている髪を晋作さんにかからないように耳に掻き上げて、唇が触れる寸前、恥ずかしさに一瞬躊躇して。
それから、音もなくくちづけた。

時間にすれば一秒もないそれがわたしには永遠にも感じられて、触れた唇の柔らかい感触が、まざりあって溶けるような、じんわりした熱を伴ってその弾力を伝える。

「…………っ」

唇を離すと、数秒息を詰めていただけなのに、100メートルを全力疾走したみたいに心臓はうるさくて、酸素を求めて苦しがっていた。
覆いかぶさっていた体を起こそうとしたとき、突然伸びた手ががっしりとわたしの肩を掴んだ。

「っ、晋作さ、いつから起きてたの、…っ?」
「それだけか?」

一気に心拍数が上がって顔が赤くなるわたしの叫びにも似た問いかけを無視して、少し寝呆けたような晋作さんは不服そうに眉間を微かに顰めさせて、わたしの頭を抱え引き寄せた。

「ん、うっ」

さっきわたしが晋作さんに仕掛けた拙い口付けなんか吹っ飛んでしまうような、唇だけで噛み付くようなそれにわたしの抵抗なんて通じる筈もなくて、口内をさんざん蹂躙されたわたしは晋作さんの上に乗り上げるようにして、くったりと身体を預けた。

「んーっ!んむ、も、やめっ」
「…せっかくお前から寝込みを襲うんだ。これくらいすればいいだろう」
「おっ、襲って、ないっ」

ぜえぜえと息を荒げるわたしを見上げながら楽しそうに笑う晋作さんが悔しくて、身体を起こそうとするわたしの力を封じて、仰向けのままの晋作さんはわたしをその腕に閉じ込めた。

「なんだ、もういいのか?」
「も、いいっ」
「オレはよくない!」
「っ…ぁっ!」

息も絶え絶えなわたしの唇を再び塞ぐ晋作さんは、舌の絡む合間に囁きを繰り返す。

「昼寝もいいもんだ」
「ん、ん」
「お前がこうして、自分の感情を表に出すなら」
「…んぁ、晋作さ、」
「なあ、また襲ってこい」
「んむ、っ」
「…好きだぞ?」

唇から直接わたしの身体に送り込むようなその囁きに、わたしの思考がトロトロと溶かされていく音を聞くような気がした。


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2013.6.18

ついったでやったしんだんメーカーねた
『晋作を突然押し倒してキスしてみると、それだけかと不服そうな表情で言われた。もっといろいろしてもいいらしい。 』

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