Dear....

□いつものことば
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「えーじ、髪の毛はねてる」
「こーれーは、わざとなの!」
「うん、わかってる」
「わかってんだったら、イチイチ言うなよなーもう」

彼女はにんまりと笑って、僕の先を駆け出した。

「たまーに、わかってることとかでも言いたくなるじゃない?」

くるりっと振り返って、もう一度にんまりと笑う。

「わかってること、もう一度言うのはめんどくさいけど。
でも、繰り返し言えば言うほど、記憶に刻み込めるものなのだよ」

自信満々に彼女がそういうので、僕は少しだけ意地悪をする。

「んー、じゃあ、例えば?」

たとえ、それがまったくもって彼女には通用しないようなものであっても。

そうだと、わかっていても。

「たとえば?…うーん、そうだねー」

彼女は少しだけ考えるような素振りを見せてから、駆け寄ってきて。

「――すきだよ」

と。

「―――!!!」

「ほら、解ってることをもう一度言うのもいいものでしょ?」

耳元でくすり、と笑った。

あぁ、そうか。
そうゆうことなんだ、と。

「まあ、たまには悪くないんじゃない?」
「そうかもね」

耳元をそっと離れる彼女を離さずに。

「俺も」

と呟き返す。

「そう、かもねぇ」

その瞬間。
いつも冷静な彼女の耳が、沈みかけの夕日のように赤く染まったのを、僕は見逃さなかった。


end.
 

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