novel

□あの頃の続き
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桜も散り、初夏の風が吹く頃。
懐かしい名前から電話がかかってきた。

「久しぶり」
「ホント久しぶりじゃん、どうしたの?」
「今さ、昔よく一緒に行った公園来てんの」
「んん?なんで?」
「なんか、懐かしくて?」

電話口でクツクツと笑う彼の声に、変わらないなぁなんて思う。
声を聞いたのなんて、何年ぶりだろう。
高校以来だから…10年ぶりくらい?

「暇だったら来ない?って電話」
「今から?」
「今から」

チラッと壁に掛かった時計を見る。
23時17分。
割といい時間。
まぁ、でも。

「行く」

久しぶりに会いたいから。



「よっ」
「その格好で公園は不審者だよ、辰哉」

住宅街の中にある小さな公園。
端の方で申し訳程度に立った街頭に照らされていたのは、私をここへ呼び出した張本人。
黒いバケツハットに黒のマスク、黒いᎢシャツに黒のスキニー。
おまけに眼鏡まで黒縁ときた。
唯一色が入ってるのはスニーカーくらい。

「一応有名人だから、俺」
「逆に目立つわ」

通報されていないのが奇跡なくらいだ。

「んで?なんで私呼び出されたの?」
「懐かしくて?」
「全部それで済まそうとしてる?」

ウソウソ、と笑う辰哉に釣られて小さく笑う。
ああ、これすらも懐かしい。
高校のときもよくこうやって、この公園でくだらない話をして。
近くのコンビニで買ったお菓子を食べて。
日が暮れてもずっと、ここで。

「とりあえず座んない?」

街頭から少し離れたベンチ。
昔はなかったものだ。
先に座った辰哉に隣をポンポンと叩かれ、腰掛ける。
なんだか、全てが懐かしいと思えてしまう。

「明日は仕事じゃないの?」
「明日はねー、久しぶりのお休みなのよ」

嬉しそうな横顔。
ホント、変わらないなぁ。
変わらずかっこよくて、綺麗で。
今でも。

「忙しそうだね」
「ありがたいことにね」
「ちゃんと休めてる?」
「まぁ、そこそこ」
「高校のとき以上にモテモテだね」
「羨ましいっしょ」

他愛ない会話。
あの頃と、同じ。
私の、この気持ちも。

「ねぇ、あの「俺ね」」

私の言葉を遮って、辰哉が話し出す。

「この公園でなまえと過ごすの、大好きだったんだ」

足元を見ながら話す彼の声を、黙って聞く。
私だって、あの時間が何より好きだった。
あの時からアイドルだった彼は、そこそこ忙しくて。
それでも時間があるときはここで、2人で時間を忘れて話して。
何より楽しい時間。

「あの時は仕事も慣れなくてさ。いつも必死で。でもなまえといるときだけ、全部忘れられた」
「うん」
「俺さ… なまえが好きなんだよね…。友達としてじゃなく、異性として。」
「…うん」

なんとなく、気付いてた。
だって、私も。

「私も、同じ」

テレビで辰哉をよく見るようになって。
嬉しい反面、ちょっと寂しくて。
辰哉の人気が上がれば上がるほど、複雑で。
自分のことながら、可愛げがないなって落ち込んでた。
けど。それでも。

「辰哉が好きだよ」

会わなかったこの数年も、ずっと。
彼を忘れることなんてできなかった。
忘れさせてなんて、くれなかった。

「でももし俺と付き合ったら、お前に色々背負わせることになるよ。だから、」
「そんなの、もうとっくに覚悟なんて出来てるよ」

あなたを好きになったあの時から。

「泣かせることもあるかもよ」
「いいよ」
「後悔することもあるかもしれない」
「今更ないよ」
「…俺のこと、嫌いに「辰哉」」

俯き続ける彼の手を、そっと握る。
彼なりに色々と考えてくれていると。
それが十分、伝わってくる。

「…好き」
「うん」
「会ってなかった間も、ずっと なまえのことばっか考えてた」
「私も」
「好き」
「知ってる」
「絶対、お前にばっか背負わせないから」
「うん…ありがと」

夏の始まり。
私達は、あの頃より少しだけ、大人になった。

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