novel
□休日の映画館
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「席、どうしよっか」
珍しく被った2人の休日。
たまには映画でも行こうか、なんて話になって、今に至る。
「真ん中あたり?」
「それもいいけど…こっち」
そう言って彼が選んだのは、出口に近い席。
「そこでいいの?」
「終わったらすぐ出られるなって。真ん中の方がいい?」
「ううん、大丈夫」
もしかして外出るの…あんまり乗り気じゃなかったのかな。
まぁ誘ったのは私だし。
休日は家でゲームしてたかったのかも。
「なんか勘違いしてるっぽいけど、別に出掛けるのが嫌だったわけじゃないからね」
「え…」
「俺いつもこの辺の席選ぶの。いつまでも残るのリスキーでしょ。一応有名人だからさ」
いたずらっぽく笑う辰哉くんの大きな手が、私の頭で優しく弾む。
やっぱり辰哉くんにはお見通しだね。
ちゃんと、見てくれてる。
「ポップコーン何味がいい?」
「うーんと…、キャラメルかな」
「いいじゃん、美味いよね」
なんだか、久しぶりだなぁこういうの。
最初の頃は色々なところに行ったけど、辰哉くんがデビューして忙しくなって、おまけに同棲まで始めたらあんまりお出掛けってしなくなってたし。
ちょっと、ドキドキする。
「10番スクリーンだって…なんかニヤニヤしてる?」
「え、し、してないっ」
「えー?」
ダメだ、嬉しくて顔がニヤけちゃう。
「俺ちょっとトイレ行ってくるから。先席に座ってて」
「うん、わかった」
扉を入ってすぐ左の2席。
辰哉くん、どっちがいいだろう。
扉側のがいいのかな。
「おまたせ。あれ、どした?」
「や…、辰哉くんどっちがいいかなって」
「それで険しい顔して悩んでたの?」
はは、と笑う辰哉くんを見れば、手に何か持っている。
その視線に気付いたのか、私を奥側の席に座らせて膝にそれを掛けてくれた。
「女の子は体を冷やしちゃいけませんからね」
「紳士だ」
「紳士だもん」
そういうさりげないところ、ほんと。
「かっこいい」
「えー、珍しいじゃんなまえがそう言ってくれんの」
「そう?」
「いつも笑って誤魔化すじゃん?」
「そうかなぁ」
「そーだよ」
だって、何もないときだと恥ずかしいから。
こういうときじゃないと言えない。
「さっき席決める時さ」
「うん」
「なまえめちゃめちゃ不安そうな顔してた」
「うそ」
「ほんと。辰哉くんお出掛け嫌だったかな〜って顔」
「えー?」
「いやほんとに」
なんで彼にはこんな、見透かされたように気付かれてしまうんだろう。
顔に出やすいのかな、私…。
「ほら、今も」
「え?」
「顔に出やすいのかな〜って」
「エスパー?」
「凄いっしょ」
「うん、凄い」
そんな話をしていたら、照明がゆっくりと消えて。
スクリーンには、映画の予告や紹介の映像が流れ出す。
さっきまでざわざわしていた声は、息を合わせたように静まり返った。
「俺は」
小さな、私しか聞こえないような声で。
「なまえと出掛けんの、好きだよ」
「…うん、私も辰哉くんとお出掛けするの好き」
暗いこの空間で、2人の手が重なった。